東大医学部教授が語るスピリチュアル。『人は死なない』

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東大医学部教授であり、医学部付属病院の部長でもあった、矢作直樹氏。平成28年3月に任期満了により退官され、現在は東大の名誉教授でいらっしゃいます。

そんな権威中の権威である矢作氏がスピリチュアルについて真面目に語った本が、『人は死なない ある臨床医による摂理と霊性をめぐる思索』です。この本のメッセージは、現代の自然科学を絶対だと思うなということ、そして、スピリチュアルな時代が来るということ。

本書を読むことで、自然科学、政治思想、宗教などの複数の視点から、スピリチュアルを真に理解できると思います。これにより、引き寄せの法則やスピリチュアルに対する見方が変わり、ひいては生き方が変わるかもしれません。本書を3つのポイントでご紹介します。

  • 自然科学という宗教
  • 儀式も宗教
  • スピリチュアルの先進性

自然科学という宗教

現在認知されている病気のほとんどは、その原因すら解明されていません。DNAについてもほとんどわかっていません。これらは医学に限ったことではなく、現在の科学で解明できることは本当はごくわずかでしかありません。このように、科学は全く完ぺきではないのに、それらを絶対だと信仰するのは宗教と似ています。

例えばヨーロッパでは昔、キリスト教が真理であると信じられていました。しかし、世界の真理は本当は違います。今の科学信仰もこれと同じ流れです。自然科学は真理を提供するという意味で、かつての宗教と同じ役割を果たし、その結果、人々は自然科学に絶対の信頼を寄せています。しかし実際は、先に述べたとおり、世界は科学では分からないことだらけなのです。このことから、自然科学も一つの思想であり、宗教であると言えます。

量子力学では、観測すること自体が、その粒子のその後の状態に影響を与えることが分かっています。これにより、精神と物質は全く別物であり、互いに直接関係することはないという精神と身体の二元論が否定されました。そのため最近では、万物を生命と精神を備えた存在とする考え方が、科学者の間でも広まってきています。この考え方は、仏陀の思想や引き寄せの法則と同じです。

このように、一見すると非科学的な内容を、最初に提唱したのは、他でもない科学者たちです。例えば、最近の素粒子物理学者の世界観は、万物の一体性と相互関連性を指摘しており、この世界観は東洋思想や、「ワンネス」と同じです。つまり、物理学者が科学的に宗教の説明をし始めました。科学と宗教の境目がなくなってきたということです。

そんな中、まだまだ多くの人が今までの科学的方法論によって解明できない領域など存在しないかのように考えています。現代の科学で解明できないことも確かにある、という姿勢が自然です。解明できていない=この世に存在しないという考え方ではダメです。人類の発展を阻害してしまうからです。

中世で、文明の発展が長いこと滞ったのは、キリスト教信仰が強かったからです。現代も同じで、極端な科学信仰は、歴史が示す通り文明の発展を遅らせます。

科学の進歩は目覚ましいとはいえ、人間がこの世界について知っていることは、まだまだほんの少しだけ、というのが事実です。だから、普通に考えると怪しいスピリチュアルな内容にも、心を開かなければなりません。「地動説」も、当時の人にとってはとても胡散臭い物でした。電気の存在も、最初に提唱されたときは極めてオカルト的でした。心を閉ざしてしまうと、人類の発展は望めません。よって自然科学も一つの宗教であるという意識を持ち、心を開かなければなりません。現代の自然科学を絶対視すると、世界の真実は見えなくなります。

laboratory test tubes
Photo by Chokniti Khongchum on Pexels.com

儀式も宗教

当たり前のこととして世間に受け入れられているものは全て、一種の宗教であると言えます。ホリエモンもよく、「常識を疑え」と言っていますね。常識も一つの宗教です。常識や自然科学を所与、当たり前の絶対真実として世の中を見ていると、本当の真実が見えなくなります。

冠婚葬祭といった儀式も、宗教です。教団は、自らの権威を誇示するために、豪華な聖堂を立てたり、様々な儀式を発明してきました。これらは、それらの宗教が始まった時にはなかったものです。仏陀やキリスト等、全てのマスターたちは、誰一人として冠婚葬祭は勧めていません。当たり前のこととして受け入れられていますが、これらはただの商売です。

冠婚葬祭はビジネスである以上、絶対にやらなければならないものではありません。自分が欲しい価値に対してだけ、サービスの対価を払えば良いのです。著者の矢作氏も、「冠婚葬祭などの儀式らしいことは一切しない」と言っています。彼は、世界の心理に対する理解が高く、宗教を必要としないからです。このように、当たり前のこととして成り立ってしまっていること全て、宗教ということです。

「私たちに必要なのは、キリストのごとく神を生きている人間であって、キリスト教派ではない」(by クリシュナ)

「キリストに近づこうとしている人達にとって、キリスト信者たちが最悪の障害物になっていることが良くあります。言葉でだけ綺麗なことを言って自分は実行していないことが良くあるからです。」(by マザーテレサ)

宗教としての地位が確立され、当たり前のことになると、人間は他の可能性に目を向けなくなってしまいます。いかなる宗教にもとらわれず、心を開いている人にとって、スピリチュアルな世界観を持つことは、ごく自然なことです。つまり、ある種の宗教に対する絶対信仰をやめれば、スピリチュアルがストンと腑に落ちるはずです。

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Photo by Artem Beliaikin on Pexels.com

スピリチュアルの先進性

今、世界中でスピリチュアルが注目されています。霊魂、霊的現象、霊についての理念や研究を総称して、欧米ではスピリチュアリズムと呼んでいます。スピリチュアリズムも、東洋思想、特に古代インド宗教や仏教から大きな影響を受けています。

スピリチュアルは、特定の宗教に基盤を置くものではなく、超越的存在とつながることによって高い理想を実現しようとするところに特徴があります。

またスピリチュアルは、霊魂の存在を科学的に証明しようともしています。既存の宗教は過去に縛られ保守的なのに対し、スピリチュアルはルールに縛られず、新しいものを受け入れようとする、未来に向かう考え方です。スピリチュアルの思想は、量子力学との新たな科学的発見を、否定することなく応援しています。ここ400年ほど続いた自然科学への絶対信仰は古いのです。

スピリチュアルは、18世紀の欧米でその概念が生まれました。しかも、欧米でスピリチュアルを主導したのは、スウェーデンボルグなどを含む、優れた自然科学者たちです。つまり、科学を追求すればするほど、スピリチュアルに向かっていくということです。

現代でも、スピリチュアルは心理学、宗教学、文化人類学、量子物理学、医学など様々な科学のジャンルを動員した研究になっています。このことから、スピリチュアルは宗教よりも哲学に近いと言えます。宗教と哲学の違いは、途中で考えるのをやめるか否か。考えるのをやめるのが宗教、やめないのが哲学です。

このようなスピリチュアルが今広がるのは自然な流れです。歴史は常に、科学の発展から新たな宗教が生まれているからです。農業の発明により、有神論という宗教が生まれました。ニュートン力学の発見により、自然科学という宗教が生まれました。現代では、相対性理論や量子力学の発見により、スピリチュアルという宗教が生まれ、世界に浸透しつつあります。

新たなテクノロジーによって生まれた新たな宗教は、そのテクノロジーの発展を加速させます。スピリチュアルも、21世紀の文明の発展に大きく貢献する可能性が高い。人類の発展には、宗教の変化が必要なのです。

scenic view of night sky
Photo by Lucas Pezeta on Pexels.com

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スピリチュアルに対する見方が少し変わったかもしれません。見方が変われば、今後スピリチュアルの情報に触れた時の反応も変わるはずです。

本書に興味を持っていただいた方、詳細は 『 人は死なない ある臨床医による摂理と霊性をめぐる思索 』 をご参照ください。

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