不安と感情、仕事、人生、人とのかかわり、礼節・礼儀作法について。『幸福論』

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今よりもっと便利になること、面倒なことが減るというのは、私たちの幸せと何か関係があるのでしょうか。またどの国々も、経済成長を目指して突き進んでいますが、これが私たちの幸福度とあまり関係がないということは、もう何十年も前から、研究によって示されています。

では結局、私たちは何のために毎日頑張って働いているのでしょうか。どうすれば、幸せな働き方、生き方が実現できるのでしょうか。本当の幸せとは何でしょうか。

アラン著『幸福論』を、次の5つのポイントでご紹介します。なお、アランの『幸福論』は、ラッセルの『幸福論』、ヒルティの『幸福論』と並んで、世界の三大幸福論と言われています。

  • 不安と感情について
  • 仕事について
  • 人生について
  • 人とのかかわりについて
  • 礼節・礼儀作法について

不安と感情について

不安や恐怖といったネガティブ感情とどのように付き合っていけばいいのかを考えるヒントとして、「名馬ブケファラス」のお話があります。

主人公は、古代マケドニアの王家に生まれた若い王子、のちのアレクサンドロス大王となる方です。ある日、1頭の馬を買って欲しいという商人が現れます。その馬の名前は「ブケファラス」。毛並みの綺麗な美しい馬ですが、とんでもない荒馬で、何人もの名人が乗馬にチャレンジしますが、落馬してしまいます。しかしアレクサンドロスが飛び乗ってブケファラスの鼻先を太陽に向けた瞬間、先ほどまで暴れまわっていた馬がピタッと止まり、落ち着きを取り戻したのです。何が起こったのでしょうか。

ブケファラスはただ、「自分の影におびえているだけだった」のです。

つまり、誰もがブケファラスをただの荒馬だと決めてかかっていたのに対し、アレクサンドロスは、なぜ暴れているのかという原因(=自分の影におびえていたこと)を突き止めたのです。

恐怖や不安には必ず原因があります。それが分からない限り、人はブケファラスのようにずっとおびえ続けるしかありません。だからまずその不安や恐怖の原因を明らかにする必要があるのです。

またその上で、アランは「情念に囚われるべからず」と言います。

情念とは、理性ではもはや抑え込めない感情のことです。イライラする、気分が落ちる等。そして情念には、人間の想像力を掻き立てるという特徴があります。

例えば、あの人はこの間冷たい反応だったから自分のことを嫌っているのかもしれない等、色々な想像が出てきて、先ほどのブケファラスの例のようにおびえてしまうのです。アランはこれに対し、「情念に囚われるな、落ち着け」といいます。

情念から解放されたければ、考えてはいけません。行動するのです。

例えば運動会のかけっこの時、スタートを切る前にはとても緊張し、不安な気持ちになると思います。しかしいざスタートすると、緊張感や不安な気持ちはなくなります。そんなことを考える余裕がなくなるからです。そして一生懸命にゴールに向かって走り始めます。身体さえ動いてしまえば、人はその瞬間、そのことしか集中できなくなります。この仕組みを利用するのです。

頭を使って感情をコントロールするのではなく、身体活動や、自分自身の態度によって感情をコントロールします。普段の私たちの日常における表情、仕草、姿勢、呼吸といった体の動きをコントロールするのです。

不機嫌な人は、不機嫌な表情、不機嫌な話し方、態度をしています。であれば、それと反対の活動、お辞儀をしたり、微笑んだり、姿勢を良くしたりすればいいということです。

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Photo by James Wheeler on Pexels.com

仕事について

幸せな労働者になるためにはどうすれば良いのでしょうか。

「働くことは最も楽しいものであるが、同時に最もつらいものでもある。また自由に働くことは最も楽しいが、その一方で奴隷のように働くとなると、最もつらい。私は今自由に働くと言ったが、これは労働者自身が自分の持っている知識と経験に基づいて調整することが出来る仕事のことをいっている。自分で自分の仕事の出来具合を確かめながら、ああでもない、こうでもないと試行錯誤してみる。それを楽しいと思える範囲でやっている限り、人は幸せだ。人は誰だって言われた通りの単調な仕事は嫌だと思う。たとえ困難な仕事であっても、自分の好きなように考えたり、作ったり、間違えたりできる、そういった仕事の方が好きなはずだ。上司や監督が横から口を出し、作業を無理やり中断させられることほど辛いことはない。生き生きと働ける人というのは、自分の仕事を自分で支配することが出来、それを楽しめる者のことをいうんだ。貴方がもし幸せに働きたいのであれば、他の誰かの畑を耕してはいけない。自分の畑を耕しなさい。」

人生について

普段の生活の中で、どうすれば今よりもっと喜びに満ちた幸せな時間の過ごし方が出来るのでしょうか。

幸福になるためには、傍観者ではなく、主役となることです。

傍観者とは例えば、ただスポーツを見ているだけで自分はスポーツをしない等です。傍観者として得られる楽しみや喜びというのは、ほんの一瞬ですぐ消えてしまいます。人から与えられた幸福は、すぐに消えてしまうからです。

幸せを人に依存することなく、自分で作り、自分の行動によって生み出す、そういう時間の使い方をしていれば、きっと人は、幸せの感情に満ちた人生を送ることが出来ます。

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Photo by Tima Miroshnichenko on Pexels.com

人とのかかわりについて

貴方の周りにも、嫌な人、気に入らない人等が少なからずいらっしゃるかもしれません。しかし本当は、人は自分自身以外、ほとんど敵は存在しません。

「普通は誰だって、自分の周りに一人や二人敵がいると思っている。しかしそれは違う。人間には自分自身以外、ほとんど敵は存在しないものと、そう思いなさい。判断を誤ったり、無駄な心配をしたり、絶望したりする。そして意気消沈するような言葉を自分で自分に言い聞かせている。これはほかの誰かじゃない。自分自身でやっていることだ。最大の敵は常に自分、そう思っておきなさい。」

そして絶対に、他人に同情したり憐れんだりしてはいけません。なぜなら、情念は人に伝染するからです。悲しい、苦しい、イライラする等という情念であふれている人に対して同情すると、貴方のその情念が相手に伝染するので、相手を余計に苦しませてしまうのです。

反対に、他人の幸福を考えることは非常に大切なことです。ただ、一番大事なのは自分自身が幸せになることです。これが、自分にとっても相手にとっても最善なのです。

おぼれている人がおぼれている人を救えないように、お金のない人がお金のない人を経済的に救えないように、不幸な人、ネガティブな情念に囚われている人が、他人を幸福にすることは出来ないのです。

礼節・礼儀作法について

幸福な人生を送るための絶対条件は、礼節・礼儀作法です。ここでいう礼節・礼儀作法とは、自然に身に付いた「物腰」、「ゆとり」、「余裕」等です。

これが幸せと関係する理由は、「不安と感情について」でも述べたとおり、「情念」という不安、イライラ、不幸の元になるものを、「礼節・礼儀作法」といった行動によって制御できるからです。

また、お礼が出来る、挨拶が出来る、年齢関係なく敬意をもって人と接することが出来るという「礼節・礼儀作法」がきちんとしている人は、圧倒的に人から好かれますし、人から話しかけられます。したがって、情報量も多くなり、こなせる仕事の量も、質も、やりがいも、幸福度も上がります。

普段の生活や仕事の中で、いつもより少し意識してみると良いと思います。

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Photo by Vie Studio on Pexels.com

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本書に興味を持っていただいた方、詳細は『幸福論』をご参照ください。

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