それでも人生にイエスという。極限状態で生き延びるのはどのような人か。『夜と霧』

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ヴィクトール・E・フランクル 著『夜と霧』は、原著の初版が1947年に発行されて以来、日本をはじめ世界的なロングセラーとして600万を超える読者に読みつがれています。

フランクルさんは、オーストリアでアドラーやフロイトに師事して、精神医学を学んでいたユダヤ人心理学者です。彼は第二次世界大戦中、ナチス・ドイツによるユダヤ人への迫害を受け、強制収容所に収容されます。その自らのナチス強制収容所体験をつづったのが、本書です。

極限状態において、被収容者たちはどうやって精神の平衡を保ち、または崩壊させてゆくのか、生きる意味をどのように見出していくのか、死に勝るほどの絶望を乗り越えるカギとなるものは何か、本書には、著者自身の過酷な体験を通しての思索が凝縮されています。

本書を次の3つのポイントでご紹介します。

  • 心理学者、強制収容所を体験する
  • 無期限の暫定的存在において未来を失う
  • それでも人生にイエスと言う

心理学者、強制収容所を体験する

本書では、収容所での心境の変化が、次の3段階に分けて書かれています。

収容された当時

施設に収容された当時は、内面の死、無関心、無感情、願望の幼児化等が見られます。

収容所生活

収容所生活中は、人格の没価値化が見られ、個性の欠落、孤独の渇望、未来への絶望と過去への追憶などが見られます。

収容所から解放された後

過酷な収容生活によって感情が喪失する。体はすぐにたくさん食べることが出来るようになりますが、心は、解放されて「嬉しい」と言う感情を思い出すまでに時間がかかります。

また、あれだけひどい目に合ったのだから少しぐらいわがままを言っても良いだろうと、公共のルールを守らなくなったり、周囲の人との距離感を誤ったりします。

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Photo by Miguel Á. Padriñán on Pexels.com

無期限の暫定的存在において未来を失う

フランクルさんは、収容所に収容された方々の状態を、「無期限の暫定的存在」と定義しました。「無期限の暫定的存在」とは、今の特殊な状況がいつまで続くのか分からない状態をを指します。

例えば、いつ就職できるか分からない失業者の場合、いつ退院出来るか分からない患者さんの状態等も、無期限の暫定的存在と言えるでしょう。

今の状態が決して永続的に続くとは思えない特殊な状態であるということは分かっているにもかかわらず、それが具体的にいつまで続くのかが分からない、そういう無期限の暫定的状態にあると、人間は未来を見失い、目的をもって生きることがひどく困難になると著者は言います。

無期限の暫定的状態に陥ると、自分の今の状態を真摯に受け止められなくなり、今自分の身に降りかかっていることは本来の人生とは違う別の何かだと思い込むようになるというのです。

強制収容所の中では、無期限の暫定的状態に陥った多くの被収容者が、未来を見失い、絶望して、命を落としていきました。

これは現代の私たちにとっても無縁の話ではありません。会社を急に首になったり、急に生き方を変えなければならなくなったり等ということが、いつ起こるか分かりません。このような中、無期限の暫定的状態に陥った場合には、一刻も早くそこから抜け出す努力をする必要があります。

フランクルさんは、無期限の暫定的状態を取り戻し、未来を取り戻して力強く生き抜いていくための2つの方法を提示しています。

1.未来の楽観的なイメージに頼る方法

例えば、強制収容所から解放された暁には、多くの観衆の中、自分自身の体験を語り、多くの人から拍手喝さいを浴びる等、未来のポジティブなイメージを作り上げ、いつか必ずそこにたどり着くという信念をもって生き抜く方法です。今の苦悩が、未来のある時点では必ず有効に機能すると信じることで、自分の身に降りかかっている絶望に耐えるものです。

しかしフランクルさんは、この方法はトリックに過ぎないのだと言います。

なぜなら、実現するか分からない安易な希望にすがり、それが少しずつ絶望に変わることによって、結局命を落とすことになるからです。

つまり、未来のイメージが明確になっている間は機能しますが、永続的ではないのです。

時間が経つにつれて、未来のイメージを実現するのが困難なのではないかという疑いの心が少しずつ強くなっていき、どこかのタイミングで未来のイメージが実現しそうにないと確信した瞬間に、精神的にも肉体的にも破綻してしまうのです。

2.今の自分自身に価値を見出す方法

辛く苦しくても、悲惨な運命であったとしても、今、2つとないあり方として存在している自分自身を肯定する、今の自分自身に価値を見出す方法です。

これこそが、過酷な収容所生活において、たった一つの頼みの綱であったと著者は言います。

誰も身代わりになることが出来ない苦役を、自らの責務であると受け入れ、とことん苦しみぬくことによって、2つとないことを成し遂げるのだと、自らを奮い立たせ、自らの可能性を見出すのです。

人間が生きるということは、常にどんな状況にあろうとも意味があるのだと信じるのです。

その先に、著者は精神の自由を得ました。

「人は強制収容所に人間をぶち込んで全てを奪うことが出来るが、たった一つ、与えられた環境でいかにふるまうかという、人間としての最後の自由だけは奪えない」

「強制収容所という極限状態で生き延びたのは、体の強い者でもなく、歳の若い者でもなく、明日への希望と生きる意味を見失わなかった者だった。」

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それでも人生にイエスと言う

本書のタイトル、日本語では『夜と霧』ですが、原著の題名を日本語に直訳すると「それでもなお人生にイエスという」となるのだそうです。

フランクルさんが、強制収容所という最悪の環境を生き抜く経験を通して発見した最高の発見が、「それでもなお人生にイエスという」ということです。

人間には精神的な自由があり、絶望の中でも人間の尊厳を守ることにより、自分自身の人生を唯一無二の価値ある存在にすることが出来ます。それが、「それでもなお人生にイエスという」ということです。

「自分を待っている仕事や愛する人間に対する責任を自覚した人間は、生きることから降りられない」

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Photo by Pixabay on Pexels.com

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もし今あなたが人生に絶望しているのであれば、きっと本書はそんなあなたに生きる勇気を与えてくれます。

本書に興味を持っていただいた方、詳細は『夜と霧』をご参照ください。

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