日本の賃金低迷の原因、突き詰めれば、個人の付加価値を生み出す力が高まらず、産業の新陳代謝も低迷しているため、低収益の分野に労働力が抱え込まれたままの構造にあるからです。そしてこの背景にあるのは、日本的雇用システムがいまなお根を張っているからです。
賃金低迷の3つの要因
厚生労働省の賃金構造基本統計調査によると、2021年の1人あたりの賃金(月額)は30万7,400円、2013年の人当たり賃金29万5,700円とほぼ同水準です。この20数年間、日本の平均賃金はほとんど上がってきませんでした。
なぜ、賃金がこのような長期停滞に陥いるのでしょうか。その理由は大づかみに言うと3つ、①これまで年功賃金の恩恵を受けてきた男性・中高年層の賃金減、②男性と比べて賃金の低い女性の就業拡大、そして③正社員との待遇格差が大きい非正規労働者の増加です。
男性・中高年層の賃金減
45歳~49歳男性の一人上がり賃金は2021年に38万2,800円で、リーマンショック前の2005年~2007年に41万6,000円台だった時と比べ8%も減っています。男性の賃金は若手・中堅層もリーマン・ショック前より減少傾向にありますが、減り幅は中高年層が大きい。
女性
総務省の同労力調査で20歳~69歳の女性の就業率を見ると、1996年の58.3%が2021年は71.7%と、25年間で13ポイントも上昇しました。
反面、収入面では女性の平均賃金は上がってきたとはいえ、男性の75%(2021年)と先進国の中で未だ格差が大きく、女性の就労が進んだ分野は介護などの医療福祉関係や、卸・小売りといった、賃金が平均的な水準より低い仕事が少なくありません。
これにより、全体としてみれば賃金を抑制する方向に動いています。
非正規労働者
労働力調査によると、非正規労働者数は1991年の897万人、1996年の1,043万人、2021年の2,075万人と、この30年で2.3倍になったことが分かります。また役員を除いた雇用者に占める非正規労働者の割合は、2021年に36%超に達する一方で、非正規同労者の賃金は、正社員・正職員の67%にとどまります。
非正規で働く人の顕著な増加も、日本の平均賃金押し下げ要因になっています。
これら3つの要因の根っこにあるのは、日本的な雇用慣行・システムの弊害であり、中高年層の賃金が減っているのは、正社員の生産性が低下していることが最も大きな原因です。
日本の就業者一人当たりが生み出す付加価値を示す労働生産性、2020年は経済協力開発機構(OECD)加盟国の中での順位は38か国中28位(上図)、またその順位も下がり続けています。(下図)
これは、仕事の成果に比べて割高な中高年男性の賃金を、生産性に見合った水準に調整する動きが進んでいると言えます。
日本的雇用慣行のもとでは、社員は職務や勤務地を限定せずに採用され、職務変更や転勤などの会社命令に従うのと引き換えに、長期の雇用が保証されます。雇用が守られている安心感から、デジタル時代に新たに求められているスキルの習得に力が入らない場合が多い。生産性の低さは、日本の雇用慣行が招いている面があります。
賃金上昇への道筋
以上の要因を踏まえると、賃金上昇への道筋は大きく2つあります。①個人の能力開発の強化、そして②雇用の流動化を進めることです。
個人の能力開発の強化
「工業化社会」から「知識社会」に移行し、人材が持つ知識や能力がより重要になってきたことを考えれば、仕事に必要な力の習得や工場は賃金を増やす前提になります。
しかし日本の場合、知識や能力を身に付けることに対する働き手のモチベーションの低さは深刻です。日本生産性本部が2021年10月、企業・団体に雇用されている人を対象に実施した意識調査では、「仕事の能力の向上にだれが責任を持つべきか」との質問に、「働く人自身」と答えた人は5割に満たず、「勤め先」と答えた人が2割超いたというのです。つまり、能力開発を自分の責任と考えない人が多く、5人に1人が勤め先に頼っているということで、日本的なメンバーシップ型雇用が、ぬるま湯体質を生んだと言えるでしょう。
これを打破するには「ジョブ型」の人事制度を導入することです。
社内の各ポジションの職務を明確にし、その能力を持った人材を起用するジョブ型制度は、年功賃金や順送り人事を排し、有能な人材ほど仕事の難易度が高く待遇も良いポジションに付けるようにする、ポスト獲得競争を通じ、実力主義を徹底することです。
また定年制の改革も、社員のモチベーションを高めるテコになります。
例えば企業が40歳定年制や45歳定年制を選べるようにし、そうした年齢でメンバーシップ型雇用に区切りをつけ、以降は、職務を明確にしたジョブ型などで会社と再契約する道を用意する等です。
雇用の流動化を進める
雇用の流動化を進めれば、より待遇の良い仕事へ移りやすくすることが出来ます。コロナ下でも人材需要が旺盛という労働市場の構造変化の波に乗り、効率よく賃金を上げていくことが求められます。
日銀の全国企業短期経済観測調査(短観)が出している雇用人員判断DI(人員が過剰だと答えた企業の割合から、人材が不足していると答えた企業の割合を引いたもの)をみると、2016年~19年頃、人手不足感はリーマン・ショック前の水準を大きく上回り、労働市場の過熱が景気の過熱以上になりました。女性や高齢者の就労促進で就業者は増えたが、人口減少を補いきれなかったからです。
新型コロナウイルスの感染が拡大した2020年以降も、労働市場の過熱は続いており、こうした人材需給のひっ迫は、賃金を押し上げる直接的な要因になります。人材獲得競争が激しくなった転職市場では、賃金上昇の動きがはっきり見えます。リクルートの「転職時の賃金変動状況」調査によると、転職で賃金が1割以上増えた人の割合は2022年4月‐6月に32.7%となり、統計を取り始めた2002年4月‐6月以降、過去最高になりました。とりわけ、デジタル・トランスフォーメーション(DX)の流れを背景に、「IT系エンジニア」は37.2%、法務・経理・人事などの「事務系専門職」も31.1%と高くなっています。
現在は、転職しようと思ってもその意欲をしぼませる仕組みがあります。勤続年数が20年を超えると退職所得控除の額が大幅に増える退職金優遇税制は、「労働移動」を阻んでいる代表例です。新しいスキルを身に付けた人や専門能力を高めた人が、賃金のより高い職に移るのを後押しする政策の重要性は増しています。
参考文献:日本経済新聞社『これからの日本の論点2023 日経大予測』
本日のオマケ
私の投資方針
1.投資対象は、主に株式インデックスファンド、又は個別株式とする。 2.世界株式インデックスファンドは、老後まで基本的に売却しない 3.レバレッジ、信用取引等はしない 4.財政状態、経営成績が良く、PER及びPBRが低めの割安株式を買う 5.平時は、預貯金の残高が減らないペースで積み立てる 6.暴落等により含み損が発生した場合、含み損状態を脱するまで、平時より積立額を増額する
投資方針の根拠
1.ジェレミー・シーゲル著『株式投資 第4版』 ・長期の実質トータルリターンは、他の資産に比べ株式が圧勝する 2.山崎元、水瀬ケンイチ著『全面改訂 第3版 ほったらかし投資術』 ・世界株式インデックスファンド、特に(eMAXIS Slim全世界株式(オール・カントリー)がお勧め 3.厚切りジェイソン著『ジェイソン流お金の増やし方』 ・基本的に売らない 4.ジョン・C・ボーグル著『インデックス投資は勝者のゲーム』 ・インデックスファンドは98%の確率で、アクティブファンドに勝てる 5.チャーリー・マンガー著『マンガーの投資術』 ・素晴らしい会社を適正な価格で買う