インフレ、つまり物価が上がり、経済活動や私たちの生活にダメージを与えてしまうことは、局所的に各地で起こることはあったものの、米欧の主要な先進国で軒並み8~9%もの高い水準の物価上昇が起こることは近年あまりなかった事態です。
しかし、世界的なインフレは再来しました。
このような中、日本経済では何が起こったのでしょうか。
日本のインフレ率
世界中でインフレが進む中、日本でも例外なく物価上昇は進みました。
しかし、IMFが2022年4月にまとめた加盟国全体の2022年CPI(消費者物価指数)インフレ率ランキングでは、IMFに加盟する世界192か国中の最下位という結果であり、他の先進国、例えば米国は7.68%、英国は7.41%、ドイツは5.46%であることと比較すると、日本のインフレ率は依然として圧倒的に低い状況です。
2000年からの長期推移(上図)を見ても、日本のインフレ率はほぼずっと最下位近くで推移してきたことが分かります。2014年は例外で大きく順位を上げていますが、これは消費税率の引き上げが行われた影響によるものであり、実力で順位を上げたとは言えません。つまり日本は、パンデミック後の世界的なインフレが発生する前も後も、相対的にはあまり物価が上がらない国だったということが分かります。
高すぎるインフレ率が望ましくないのと同様に、低すぎるインフレ率も困りものです。多くの中央銀行がインフレターゲティングという制度においてその目標値を「2%」としているのは、それより上がまずいというだけでなく、それより下も望ましくないという意味もあるのです。
なぜなら、インフレ率がゼロを下回るようなデフレ下では、中央銀行が出来ることが少ないからです。中央銀行は、インフレ対策としては金利を上げ、デフレ対策として金利を下げるわけですが、マイナス金利には限界があり、研究者の間ではマイナス2%あたりが下限だと理解されています。
日本のインフレ率が最下位近くの理由
下図は、2022年の世界各国について、輸入品の物価の上がり方とCPI(消費者物価指数)の上昇率との関係が、どのようになっているのかを表したものです。
十字マークの一つ一つが調査対象であり、横軸に2022年1月から4月の輸入物価インフレ率を、縦軸に2022年のCPIインフレ率をとることで、輸入物価インフレ率とCPIインフレ率の関係を表しています。これを見ると、日本は多くの十字マークが集まるところから離れていることが分かります。つまり日本は世界の傾向から逸脱しているということです。
日本は、輸入物価インフレ率が50%近くあるという高インフレ率であるにもかかわらず、CPIインフレ率は0%に近い水準にあることが、この図を見ると分かります。これが意味するのは、海外から輸入する商品の価格は上がっているにもかかわらず、それが国内の消費者物価に転嫁されていないということです。その理由は、輸入したエネルギーを利用して生産を行う企業が、エネルギーと輸入原材料の価格の上昇を自社製品の価格に転嫁するのを控えたからです。
なぜ日本の企業は、価格転嫁をしない(出来ない)のでしょうか。
価格も賃金も上がらない心地よさ
日本の消費者物価は約600品目から構成されていますが、そのうちの約4割の品目のインフレ率が0%という状態です。そのため、残りの6割がどれだけ変動しても全体としてのインフレ率が顕著に高まることはありません。輸入物価が上昇しても、消費者物価に転嫁されないのです。
日本はいまでこそ、「価格が動かない品目がたくさんある」状態ですが、1970年代、80年代では、現在の米国等と同じく、モノ価格、サービス価格、賃金のいずれも右肩上がりでした。ところが、1990年代後半以降、全く上がらなくなりました。そのきっかけは、山一證券の破綻を機として、大手金融機関が次々と経営難に陥ったことです。
不安に駆られた人々は生活を切り詰め、企業はモノの価格をあげられなくなり、賃金も上げられないというスパイラルに入ります。その後2000年代に景気は持ち直しましたが、価格と賃金は横ばいのまま、今日に至っています。
賃金だけが横ばいで価格は右肩上がりを続ければ、消費者は生活が成り立たなくなります。賃金が横ばいだとすれば価格も横ばいでなければ困るのです。一方企業も、賃金が右肩あたりで価格は横合いというのでは経営が成り立たなくなります。価格が横ばいであれば賃金も横ばいでなければ困るのです。
かくして「価格も賃金も同時に横ばい」という状態が、消費者と企業の落としどころになりました。それなりに居心地の良い状態と言えなくもありません。だからこそ、これが長続きしているのでしょう。
変化の兆しと2つのシナリオ
日本でデフレが根付いたのは、日本人のインフレ予想が低いためです。つまり、長いこと今日の値札は昨日と同じという経験をたくさんの商品についてしてきたので、そうした経験を経て、今日の値札は昨日と同じだろうと予想するようになったのです。
ところが、2021年春に海外で始まったインフレが日本に流入したことで、日本の物価・賃金ノルムは新たな局面を迎えています。消費者のインフレ予想が上がってきています。これに伴って、消費者の値上げ嫌いも修正されつつあります。さらに企業側の価格据え置き慣行にも変化の兆しが見られます。
しかし消費者が価格上昇を甘受すると言っても、賃金が変わらないうちはそれは長続きしません。「価格も賃金も動かない」というノルムから、「価格も賃金も上昇する」というノルムへの乗り換えが必要なのです。
以上を踏まえると、日本にはこの先2つのシナリオが考えられます。
1.スタグフレーションの到来
日本でこのままインフレが進行したものの、それでも賃金に変化が起こらない場合、物価が上がる一方で賃金が据え置かれるので実質賃金が下がるということになります。これは労働者の購買力が落ちるため、消費量を減らすことになります。消費が落ちればGDPも落ちます。
インフレが進行すると同時に景気が悪化する(GDPが低下する)ことを、スタグフレーションと言います。日本には、この状態に陥る危険があります。(米欧にもそのリスクはあります。)このスタグフレーションのシナリオは、価格も賃金も動かないという絶妙なバランスが崩壊することを意味します。
2.慢性デフレからの脱却
米欧のインフレが日本に流入することで、日本人のインフレ予想は高まり、値上げ嫌いも大きく改善し始めました。つまり日本の消費者マインドは米欧諸国と遜色ないところまで変わったのです。
となると、次は企業の番です。企業が自信をもって価格への転嫁を進め、価格据え置き慣行が終わるか否かが最初のハードルです。次のハードルは、企業が賃上げに前向きに取り組むようになるかどうかです。現状は、足元の動きが鈍いだけでなく、先行きの自分の賃金に関する人々の予想も悲観的で、なお米欧とは大きな隔たりがあります。
「価格も賃金も動かない」という状態を変えるのは到底不可能と諦めるのか、何とかして乗り越えようとして慢性デフレからの脱却を果たすのか、今後の日本社会がどちらに進むことになるかは、私たちが一人一人の決断次第です。
参考文献:渡辺 努著『世界インフレの謎』(発売日:2022年10月20日)
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