一般に労働環境の良さと離職率には明確な負の相関があり、環境が良い方が辞めないと考えるのが普通です。しかし、ここ10年程の日本全体で考えた場合、この法則が当てはまりません。
例えば大手企業(従業員1,000人以上)の大卒以上新入社員の週労働時間は、2015年では44.5時間でしたが、2019年では43.5時間、2020年では42.4時間と徐々に縮減しています。1週間の法定労働時間を40時間とすれば、残業時間は2010年代後半だけで4.5時間から2.4時間へとほぼ半減しており、労働環境としては急速に改善傾向にあります。他方で、大手企業の入職3年未満の新入社員の離職率は、2009年卒では20.5%でしたが、2017年卒では26.5%まで上昇しています。(厚生労働省調査)つまり、労働環境が改善されたのに、離職率が上がっているという事実があるのです。
仕事がゆるい
前述の通り、大手企業の大卒以上新入社員の週労働時間は減少していますが、仕事負荷の減少はそれだけではありません。
仕事負荷には、主に次の3種類があります。
①量負荷:労働時間が長いと感じる、仕事量が多いと感じる
②質負荷:業務が難しいと感じる、新しく覚えることが多いと感じる
③関係負荷:人間関係によるストレスを感じる、上司等の指導が厳しいと感じる、理不尽等が多いと感じる
この3種類すべての負荷が、入社年を追うごとに低下しています。
そして中でも特に、①量負荷、③関係負荷の減少幅が大きいようです。
「休みがとりやすい」と回答した割合は、1999年から2004年卒の新入社員が38.0%であったのに対し、2019年から2021年卒は61.3%でした(①に関する負荷の低下)また、「一度も叱責されたことがない」と回答した割合は、1999年から2004年卒の新入社員が9.6%であったのに対し、2019年から2021年卒は25.2%でした(③に関する負荷の低下)
その結果として、学校卒業後に最初に入った会社への評価点(10点満点)が肯定的になっています。1999年から2004年卒の新入社員が6点以上をつけた割合は33.7%であったのに対し、2019年から2021年卒のそれは48.6%と、約半数近くに上っています。つまり今の新入社員は会社のことが好きになっているということです。それなのに、なぜ辞めるのでしょうか。
高まる不安
職場環境も良くなり、会社のことが好き。それなのに、実はストレス実感は減少しておらず、むしろ高止まりの傾向が見られます。
例えば、「不安だ」と回答する者の割合は、2019年から2021年卒の新入社員では75.8%に上っており、1999年から2004年卒の66.6%より高い。また、2019年から2021年卒の新入社員は「朝起きる時億劫に感じる」(70.4%)、「ひどく疲れている」(71.0%)というストレス実感が高い傾向が見られます。
この不安の要素についてさらに掘り下げると、「自分は別の会社や部署で通用しなくなるのではないかと感じる」と答えた割合が48.9%、ほぼ半数に上りました。
「すごく成長に時間がかかるなあと、会社の時間の流れがゆっくりしていると感じる」
「この職場にいると転職できなくなるのではないか」
「自分の会社でしか生きられない人間になってしまう」
「同世代と比較して活躍できるようになるイメージがわかない」
「会社の仕事を続けていると、キャリアの選択肢が狭まるように感じる」
こうしたキャリアへの焦燥感や根源的な不安は、仕事の負荷の低下や職場環境の改善によっては消失しておらず、むしろ強まっているようです。
ゆるいのに不安という状況が矛盾しているように感じられるかもしれません。しかし、職場を「ゆるい」と感じている大手企業の新入社員の方が、より自身のキャリアの不安を感じているという明確な関係も発見されています。「ゆるい」と感じている社員の実に62.6%が、このまま所属する会社の仕事をしていても成長出来ないと感じています。(リクルートワークス研究所「大手企業における若手育成状況調査」(2022年))つまり職場のゆるさが、新入社員のキャリア不安に直結しているのです。
不安型転職
下図を見ると、現在の会社との関係を2,3年の短期的ものと最も考えているのは、職場が「ゆるい」と感じる新入社員だということが分かります。「すぐにでも退職したい」が16.0%、「2,3年は働き続けたい」は41.2%にも達しており、合わせて57.2%が、ごく短い期間の在職イメージしか持っていないということです。また全体平均でも、44.5%が「すぐにでも」「2,3年程度で」退職したいと答えています。
この結果は、終身雇用への信用とそれを前提に就職するという認識が、大手新入社員の中ですでに崩壊しているということを示しています。こうした背景から、「会社の事はゆるくて好きだが、キャリアは不安なので、退職を考える」若手が大量に出現したのです。
世界で起きている変化
実は、こうした状況は日本に限ったことではありません。
例えば、アメリカで「大量退職時代」(Great Resignation)が衝撃をもって論じられています。これは、2021年半ばから経済情勢が必ずしも良くないにもかかわらず、大量の従業員が自発的に仕事を辞める動向が顕著となったことを指します。2021年6月に、アメリカの労働者の内390万人が自主退職し、以降400万人台で推移しており、2022年4月には450万人超と、過去最高を更新しました。
パーソナルキャピタル社の調査によると、アメリカ人の66%が今すぐにでも転職したいと考えており、特にZ世代(概ね20代)では92%、ミレニアル世代(概ね30代)では78%、X世代(概ね40代)では47%、ベビーブーマー世代(概ね50代以上)では45%と、若い世代になるほど退職意向が顕著に高いことが判明しました。その理由として、コロナショックによる人生との向き合い方の変化や働き方に関する価値観の変化、そして企業への共感の低下などが挙げられています。
また中国においても同様の若者のトレンドが起こっています。「タンピン族」、いわゆる寝そべり族が2020年頃より発生しており、一種のムーブメントになっています。「最低限の仕事だけしてあとは寝て過ごすことを志向すること」です。
アメリカの若者は自主退職を考え、中国の若者は最低限の仕事だけしようとし、日本の若者はキャリア不安を抱えて退職する・・・企業社会が若者をどう育てていくのかという問題が、世界各国で同時多発的に浮かび上がってきています。
参考文献:古屋星斗著 『ゆるい職場』(発売日:2022年12月8日)
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