日本の賃金水準は他の先進国に比べると低く、しかも他国の賃金が上昇していく中で日本の賃金は停滞しており、取り残されています。この状態が続けば、様々な問題が発生します。
では、日本の賃金を引き上げるにはどうしたらいいのでしょうか。それには、「就業者一人当たりの付加価値(生産性)」を引き上げることが必要です。そのためには、企業が新しい技術を開発し、新しいビジネスモデルを見出す必要があります。また日本の産業構造を新しくする必要があります。それらを実現するには、日本社会の仕組みを根底から改革しなければなりません。
なぜ日本の賃金は停滞しているのか
日本の賃金は、1990年代中頃以降、停滞しているというより、かなり顕著に下落しています。2000年の109.8から20年の100.0まで、8.9%もの下落です。このような賃金の長期的下落は、他の国では見られない現象で、同じ2000年から2020年の期間において、フランス48.7%、ドイツ52.0%、イタリア31.7%、韓国118.4%、イギリス65.3%、アメリカ78.1%、賃金が上昇しました。
この問題の原因は、パートタイマー(労働時間が短く、時間給も低い就業者)の増加にあります。現在日本の女性の約3割はパートタイマー(正社員以外は約4割)ですが、パートタイム労働者の比率は、日本では顕著に増加している一方で、他国ではそれほど増えていません。パートタイム労働者とフルタイム労働者の比率は、日本が25.8%、韓国が15.4%、OECD平均が16.6%です。その理由は、配偶者控除という税制の存在が考えられます。本当はもっと働きたい人が、税額控除を受けたいために労働時間を抑えている可能性を否定できません。
これまでの対策と、それが奏功しなかった理由
安倍晋三内閣が賃金引上げ対策として行った主な政策は、春闘への介入と、賃上げ税制の導入です。
賃上げ税制とは、賃金を引き上げた企業に対して、賃上げ額の一定率に相当する額を、法人税で税額控除する制度です。しかし税額控除を行っても、現在の控除率では企業にとっての負担が増加することに変わりはありません。そのため、この制度はほとんど使われていません。
一方で、もし過度な補助を与えれば、過剰な賃金が支払われることになり、最適な賃金水準から乖離してしまい、資本蓄積が阻害されることになるでしょう。適切な資本蓄積が行われなければ、生産性が低下することにつながるため、長期的には賃金水準を低下させることにつながります。
また、最低賃金の引き上げや、同一労働同一賃金といった対策は、見かけ上の効果しかありません。
最低賃金を引き上げれば、表面的には全ての就業者の賃金がそれ以上の水準になります。しかし、これは全ての人々が豊かになることにはなりません。なぜなら、もともと最低賃金以上得ていた就業者の賃金が引き下げられることもありうるからです。同一労働同一賃金も、これと同様です。
賃上げのためにやるべきこと
先にも述べましたが、賃金を引き上げるために必要なのは、就業者一人当たりの付加価値生産を増加させることです。そのために重要なのは、年功序列的な給与体系や税制などの制度の改革、規制緩和、高等教育の整備をすることです。そして、技術革新を進めること、新しいビジネスモデルを確立し、新しい産業を興すことです。
1.日本の労働市場の問題と解決の糸口
問題①:年功序列賃金
日本企業の報酬体系は、年齢が上がるほど賃金が上昇する「年功序列型」の仕組みになっています。これは男性一般労働者において特に顕著で、賃金月額は、19歳未満の18.3万円から年齢とともに増加し、55~59歳で42.0万円のピークになり、その後は下落し、70歳以上では26.1万円となります。これは、25~29歳の水準とほとんど同じ水準です。
これに対して、アメリカの場合は30代半ば頃までは職務経験の蓄積を反映して賃金が上がりますが、30代後半から60代前半までは、ほとんど年齢に関係なくフラットになります。その他の国、韓国は日本と似た年功序列型ですが、ヨーロッパ諸国ではアメリカと同じように、30歳以降は65歳以上まで含めて、ほとんど年齢に関係ありません。
そしてこの日本の報酬体系は、生産性の向上を妨げている面が大きいと言えます。
年功序列的な賃金は、労働の成果に応じる報酬になっていないので、若い人材が持つ専門知識が適切に評価されません。一方で、年配者が意思決定権限を持ちます。日本企業の多くが新しい社会状況にうまく適応できない、「デジタル化の遅れ」等の大きな原因が、ここにあります。
問題②:転職者が少ない
労働政策研究・研修機構「データブック国際労働比較2022」の勤続年数別雇用者割合(2020年)を見ると、日本では短期間勤務者の比率が低く、長期間勤務者の比率が高くなっており、アメリカはちょうどその逆になっています。
勤続年数1年未満が、日本は8.5%、アメリカは22.8%であるのに対し、20年以上は、日本は21.7%であるのに対し、アメリカは10.8%になっています。
これは、日本で企業間の労働力移動が少ないことを示しており、このことは、産業の新陳代謝を遅らせ、生産性を低める要因になっています。その理由は、日本では解雇規制が厳しいこと、一定年数在籍しないと十分な退職金を得られないこと等が考えられます。変化が激しい世界では、労働力が他の企業に容易に移動できることが重要です。
解決策:ジョブ型雇用の導入
ジョブ型雇用は、期待する貢献や責任範囲を従業員ごとに明記した「ジョブディスクリプション」を作成し、報酬を職責に応じて決める仕組みで、従業員は自ら応募して、より高い職責に挑戦します。経団連が2020年夏に行った調査では、419社の内約100社が、検討中も含めてジョブ型に着手していました。
年功序列的な給与体系に対し、ジョブ型雇用では、職務ごとに異なる給与体系になり、技能が認め荒れれば、年齢が若くても高い給料を得られる一方、年齢が上がっても自動的に給与が上がるわけではありません。また、一定期間の雇用が自動的に保障されるわけでもありません。職務を要求通りに遂行できなかったり、職務そのものがなくなったりすれば、解雇されることもあります。ジョブ型は、外国ではごく普通の雇用体系です。
エンジニアやIT専門職のように専門技能で仕事を進める職務にとっては、元々ジョブ型雇用形態の方が望ましい。他にも、例えば事務職でも、先端的な金融業務は極めて専門性の高いものであり、ジョブ型雇用に合ったものです。そして経営者も本来は専門的な職業です。
現在の日本経済の停滞は、日本の雇用・給与体制が硬直的であり、技術や社会の大きな変化に適応できないことが大きな原因になっています。ジョブ型雇用がこれを変える可能性があります。
2.新しい付加価値を生み出す企業をつくる
日本にとって最重要の長期的経済課題は、高い付加価値を生む企業を作り、それによって持続的な経済成長を維持することです。これまでの産業では、生産性の向上には限度があり、したがって、賃金の引き上げにも限度があるからです。
ファブレス製造業を目指す
全てを日本の国内で完結させるという考えではなく、世界の中で分業関係をどう築くかという考えに転換することが必要です。製造業においてはファブレス化(工場のない製造業)を進めることです。世界的分業の中で、日本のあるべき位置を確立することです。
ファブレスが製造業の生産性を飛躍的に高めることは、アップルが明確に示しました。アメリカでは、アップルだけでなく、エヌビディアなど多くのファブレス企業が登場しています。日本にはキーエンスがありますが、それ以外には目立ったファブレス企業が誕生していません。
ビックデータを活用する
従来のタイプ製造業は中所得国や発展途上国に移行し、先進国の世界経済はこれまでのタイプの製造業から情報産業に重点を移しつつあります。だから、情報によって収益を得られるような新しい経済活動を、日本でも発展させることが必要です。
中でも重要なのが、ビックデータを用いた経済活動です。残念なことに、ビッグデータの活用は、アメリカの巨大ITプラットフォーム企業によって独占されており、日本ではこの面で著しく遅れています。日本でGoogleやMetaのようなプラットフォーム企業を作ることは難しいですが、ビックデータは他にもあり、特にマネーデータ、銀行APIの利用、CBDC(中央銀行デジタル通貨)データの利用等が考えられます。
ファブレス化を進めれば、工場で働いている人達の職が奪われます。そして製造業の就業人口は膨大です。企業城下町として製造業に依存している地域も少なくありません。したがって、ファブレス化は、大きな社会変化を伴わずには実現できません。 またCBDCは、現在の金融構造に大きな影響を与えます。とりわけ、地域銀行の淘汰という問題が起こりかねません。こうした問題をどのように克服するかが大きな課題です。 しかし、現時点で抜本的な政策をとらない限り、日本経済は、停滞というだけでなく、衰退する危険があるのです。
参考文献:野口 悠紀雄 著『どうすれば日本人の賃金は上がるのか』(発売日:2022年9月9日)
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