かつて「一億総中流社会」と言われた日本。しかしバブル崩壊から30年がたった今、その形は大きく崩れています。
中間層の定義は様々ですが、複数の専門家は、日本の全世帯の所得分布の真ん中である中央値の前後、全体の約6割から7割にあたる層を所得中間層としています。その中間層の所得が、この25年で大きく落ち込んでいます。2022年7月に内閣府が発表したデータでは、1995年に505万円だった中央値が374万円に減っています。それに伴い、かつて日本人の多くが追い求めることが出来た「中流の暮らし」(=正社員、持ち家、自家用車等)が、もはや当たり前ではなくなりました。
バブル崩壊以降、日本企業は、グローバル化やIT技術の革新といった、新たな潮流に後れを取ってきました。企業が稼げなくなると、賃金が上がらず、消費が落ち込みます。すると企業は更に稼げなくなり、賃金も一層上がらない・・・こうした「負のスパイラル」が「不治の病」のごとく、四半世紀にわたり日本経済を蝕み続け、「稼げない中間層」が固定化するに至りました。
日本の中間層は、なぜかくも貧しくなったのでしょうか。
現実の「中流」
安泰だと思われ、中間層の象徴ともいえる「正社員」の人たちの暮らしが、様々な形で脅かされている現実があります。
「生活が悲惨な感じでもなかったけど、『中流』の定義が自分の中ではもうちょっと上のイメージでした」
・・・こうつぶやくのは、正社員として30年以上働き続けてきた55歳の夫(清さん)と暮らす妻。20代の時に結婚し、3人の子供に恵まれ、都内校外に約4,000万円のマンションを購入しました。しかし、夫の年収は思っていたほど上がらず現在約500万円。貯蓄は約100万円の一方、住宅ローンは900万円もあり、ローン返済のために定年後も働き続けるしかないと考えています。
清さんの入社当時と今の給与明細を比較すると、基本給はこの20年で5万円しか上がっていません。業績により成果給を得られる営業部に異動希望し、多い時には年収700万円稼いでいましたが、45歳で胃癌が見つかります。幸い早期の発見で治療は成功したものの、身体への負担を考慮し、営業部から事務仕事に移動を余儀なくされました。
勤続37年になる清さんの現在の月の手取り額は23万円。ボーナス込の年収は約500万円。派遣社員として働く妻の年収約250万円と合わせて約750万円の世帯年収です。しかし住宅ローン以外にも、教育ローン、家のリフォームローンで返済を多く抱えており、年々引き上げられる社会保険料や税に加え、最近の物価高騰が追い打ちをかけ、食費や電気代、ガソリン代などの費用も増え、家計を圧迫しています。清さんご夫妻の財布に残るのは、毎月2万~3万円程度です。また、55歳の清さんは翌年役職定年を迎え、今後は月1万~2万円程給与が下がる見込みだと言います。
今夫婦が最も恐れるのが、老後の生活です。多額の住宅ローンも残っていますが、5年後には定年を迎えます。再雇用契約では、時給払いでボーナスはなくなる見込みです。さらに年金について試算すると、年金を受け取る年齢にもよりますが、2人の受給額は合わせて15万~16万円。将来的には医療や介護にかかる負担が大きくなる可能性もあります。
「今は何とかやっていますし、これまでも、そんなに生活が悲惨な感じでもなかったけど、想像していた『中流』とはちょっと違っていた。旅行して、貯金もたくさんあって、早くローンが終わっていてとか・・・。『中流』の定義が、自分の中ではもうちょっと上のイメージだった」
夢のマイホームの売却
せっかく手に入れたマイホームを手放さざるを得ない家庭もあります。
関東地方で暮らす28歳の康介さん。建設会社で正社員として勤め、年収500万円程を得ています。康之さんは4年前、最寄駅から徒歩約30分の一戸建てを約3,000万円の住宅ローンを組んで購入し、妻と3人の子供たちと暮らしていました。住宅ローンの支払いは月約9万円、車庫などにかかる外構費などのローンも合わせると月約13万円を返済してきました。しかし支払いは徐々に厳しくなり、滞納を繰り返すようになったと言います。
新型コロナウイルス感染拡大以前の2020年春頃まで、月の手取りは約35万円でしたが、同じ年の10月ごろからは、手取りが10万円近く落ち込んでいます。その理由は「現場手当」。現場に出た日数分だけ、日当として支給されるものでしたが、新型コロナ感染拡大に伴い、関連業者などで感染者が出るたびに現場の作業が中断したため、康介さんが現場に出る日数が激減。手当が大きく減ることになりました。
康介さんの収入が激減し、住宅ローンの支払いが滞るようになってからも、夫婦はこの2年間、何とかやりくりしながら支払いを続けてきました。しかし、焦りを感じながら生活することは「恐怖」となり、2人は結局自宅を「任意売却」することに決めます。売却額は1,970万円。購入した時と比べると大幅に安い価格で、住宅ローンの残債は700万円近くとなりました。
実は、住宅ローンの支払いが難しくなった背景には、出産と育児で妻の収入が途絶えたことも影響していました。マイホームを購入した時、妻はパートタイマーで年間130万円稼いで、家計の足しにしていましたが、第3子の妊娠で収入は途絶え、康介さんの減収分を補うことも出来なくなってしまいました。
「悔しいですよね。もうちょっと何かできたんじゃないかなって思ったけど、めちゃめちゃ働けるわけじゃないし、子育てもしているし。働けたと思っても、やっぱり子供の幼稚園の早退とかあると、思うようにいかないから。なんかもう、もどかしい」
参考文献:NHKスペシャル取材班『中流危機』(発売日:2023年8月23日)
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