「失われた30年」で、日本企業はコスト削減に奔走し、その中で人材育成はなおざりになり、日本企業の能力開発費はこの20年間で24%も減りました。日経連が「変えてはいけない」と掲げていた、日本企業の強みであった「長期的視野に立った経営」「人源中心の経営」は、「短期主義」「コスト主義」に変質してしまいました。
その一方で、人材育成の企業依存は依然として続いています。企業の体力が弱り、人材育成にお金をかけられなくなっているにもかかわらず、能力開発に対する国の支援策は十分ではありません。
資源のない日本の国際的な競争力を維持するためには、継続して能力の高い人材を生み出せるよう育成していくことが不可欠であるにもかかわらず、政府も労働組合も雇用維持に目を向けて、人材育成や能力開発への長期的な取り組みを怠ってきました。特に全労働者の約4割を占める非正規雇用者の能力開発を誰がどう担うのでしょうか。
これらの取り組みを怠っていたのは、日本が何で稼いでいくか、物作りの次の産業政策や国家戦略を描くことが出来ず、どんな人を育てていくかという目標を持ち得なかったということでもあります。米国は金融等IT・デジタルで稼いでいくという明確なビジョンを掲げ、ベンチャー企業を育成し、GAFAと呼ばれる巨大な新興企業が興隆し、世界経済の牽引役を担うまでになりました。ドイツでも2013年に「インダストリー4.0」を掲げ、製造業の改革を推進し、国家が企業や組合と何で稼ぐかを検討、合意してきました。
こうした先進国と日本を比べると、国が担う人材育成策は随分と見劣りします。政府系の研究機関、労働政策研究・研修機構がまとめたデータによると、職業訓練など積極的労働市場政策への公的な支出は、GDPに占める割合では日本は0.15%なのに対し、ドイツは0.68%、フランスは0.75%、デンマークは1.89%等となっており、ヨーロッパ各国と比較して格段に低いことが分かります。
「今は無秩序状態でみんな不安な中で個人レベルで色々な選択、決断をしなければいけないのが日本の状況です。一人一人の労働者の能力が向上して発揮できて、国際的な競争に勝てるような企業の競争力を作っていくことを考えなくてはいけません。国も職業訓練や職業紹介を民間に任せておけばいいんだということではダメで、改めて政労使で知恵を出し合って新しい労働秩序を作っていかないと日本は衰退する一方となってしまいます。修復は難しいですが、非常にコストをかけてでも取り組まないといけない。」
(by 菅沼隆教授)
中流復活の鍵
中流復活の処方箋として鍵を握るのは、これまで軽視されてきた人材育成への投資です。近年様々な産業で、ビッグデータを活用したAIやIoTを始めとするデジタル技術が急速に導入されるようになりました。多くの企業で、DXと呼ばれる変革が進んでいますが、これを担う人材が決定的に不足しています。DXに強い即戦力となる人材を国、企業、労働界の総力を挙げて育成することが出来れば、「短期主義」「コスト主義」の陥穽から抜け出すことが出来るかもしれません。
中流復活の鍵となるのは、次の3つです。
1.デジタルイノベーション
今、世界経済を牽引するのは、アップル、マイクロソフト、アマゾン、アリババ、テンセントなど、米国や中国のIT起業です。残念ながら日本企業はデジタル投資に後れを取り、欧米や中国企業に比べて周回遅れになっていますが、ここにきて投資を強化する動きが出ています。本来の強みであるモノづくりの高い技術と最新のデジタル技術を組み合わせることが出来れば、価格競争の消耗戦から抜け出し、新たなビジネスモデルで付加価値の高い「儲かる事業」を生みだつことが出来るはずです。
2.リスキリング
リスキリングとは、「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」です。目覚ましい勢いで進歩を遂げるAIやデジタル技術の普及により、事務職や専門職の多くがコンピューターに代替される可能性が高まっており、将来大量の余剰人員が発生する可能性が指摘されるようになっています。一方でDXに必要な人材は決定的に不足しており、このミスマッチを解消するために、欧米の先進国や国際企業を中心に、デジタル人材を生み出すリスキリングに取り組む例が増えています。日本でも、リスキリングでデジタルスキルを獲得した人材を好待遇で採用する動きが出ており、賃金上昇につながる兆しも出てきています。
3.同一労働同一賃金
同一労働同一賃金とは、「正社員であるか、パートタイム労働者・有期雇用労働者・派遣労働者であるかに関わらず、企業・団体内で同一の仕事をしていれば、同一の賃金を支給するという考え方で、不合理な待遇差の解消を図るもの」です。日本は事態としては、正社員と同等の仕事をしているにもかかわらず、不合理な安い賃金や待遇で働かされているパートタイマーや非正規雇用者が少なくありません。非正規労働者は全雇用者の4割を占めるに至っているので、「同一労働同一労働」の原則が正しく運用されるようになれば、それだけで確実に労働者全体の賃金アップにつながります。
これら3つの取り組みは、欧米先進国を中心にして導入されており、着実に成果をあげています。
参考文献:NHKスペシャル取材班『中流危機』(発売日:2023年8月23日)
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