投資(と人生)の決断をする時、ほとんどの人は、聞きかじりの論理や先入観、直感、感情、未来への漠然とした甘い夢又は不安をごた混ぜにした、頼りない根拠を基にする。
対照的に、『投資で一番大切な20の教え』の著者、ハワード・マークスは、統制の取れた冷静な思考に熟達しており、投資の世界で誰もが認める巨人の一人と目されるようになった。マークスは、オークツリー・キャピタル・マネジメント社の共同会長として、1,200億ドルの資産を運用する。オークツリー社は、オルタナティブ投資の先駆者として、ディストレスト債やハイイールド債、転換社債、商業用不動産、「未開拓の可能性がある企業への経営権の取得を伴う出資」等を専門に扱う。顧客には、70のアメリカ大手の年金基金、何百もの基金や財団、多数の世界最大級の政府系ファンドなどが並ぶ。
オークツリー社の莫大な利益と輝かしい評判によって、マークスは富豪になった。フォーブス誌は、彼の純資産額を22億ドルと見積もる。かつてはカリフォルニア州マリブに7,500万ドルの土地を持ち、その後マンハッタンに5,250万ドルの居室を購入した。だが彼を魅了しているのは金ではなく思考だ。マークスは独創的な考えの持ち主で、リスクやランダム性、循環性、投資の真理のほか、彼のいう「予想だにしない災難」等のテーマをとことん考えてきた。
マークスは社の投資戦略を統括するが、950人ほどいる従業員の誰からも報告を受けずに済むように業務を組み立てた。投資先を選定する日々の業務も人に任せ、自身は自由に読書し、思索にふけ、執筆をしている。彼が半世紀以上も書き溜めてきた記録には、金融の極めて貴重な知恵が詰まっている。
第一に幸運であれ、第二に謙虚であれ
安定していて頼りになるものが何一つなく、いつ何が起きてもおかしくない世の中で、安全に進むための第一のルールは、自分の限界と弱さに正直に向き合うことだ。
傲慢がいかに危険かを良く知っているマークスは、自分のオフィスの壁に、荒波にもまれる木造帆船を描いた何世紀も前の絵画をかけている。購入したのは2001年。ITバブルが弾けて、無鉄砲な投機家たちが数々の岩に打ち砕かれた頃だ。その絵は、自分達より強く手に負えない者の破壊力に無傷でいられる人間はいないことを思い出させてくれる。ウイルスが突然世界を混沌に放り込んだ2020年、私たちはその教訓を再び心に刻むことになった。「パンデミックは誰のレーダー網にも引っかかっていなかったのに、私たちの人生にとって決定的な出来事となった」とマークスは言う。「それだけでも、世の中には何が起こるか分からないと思い知るべきだ。時には、何が起こりうるかさえ私たちは知らない」
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マークスはシカゴ大学経営大学院卒業後、シティバンクの証券調査に10年携わった後、新しい担当業務を探すことになった。それが、転換社債及びハイイールド債という、新しくて珍しい債券を手掛けることになり、その後何十年も続くブームに乗った。
私たちは良く、成功するのに最も重要なのは運ではなくスキルだという。そうかもしれない。だが、モンスター級の大波を捕まえる理想のタイミングでその場にいた幸運には、いくらスキルがあってもなかなか勝てない。運の良さは、自分の能力や気質と合うものを引き寄せる時にも発揮される。マークスは「債券取引が私の性に合っていたのは、満期が来たら、年利もついて返済が約束されているから」だという。さらに、契約書に明記されているので償還時にどのくらいの利益が得られるかもあらかじめわかる。
とはいえ、マークスが1978年に乗り出したころ、ハイイールド債は魅力的な分野とはされていなかった。ジャンク債と呼ばれることもあり、債務不履行の危険が付きまとう、いかがわしい資産として悪名高かった。ほとんどの投資機関は規則で購入を禁じていて、格付け会社ムーディーズも、格付けがBの債券は全て「好ましい投資対象としての適性に欠ける」と明言していた。皮肉にも、危ない投資だと決めつけられていたからこそ、マークスにはジャンク債が魅力的に映った。「特定の種類の資産について強い偏見が付きまとっている時は、特価品の買い時なのだ。だから買った」たとえうわべは酷かろうと、価格が十分に安ければ買う価値はある。そう、マークスは「安く買う」ことこそが投資で財を成すための最も確かな道であり、余分に支払うことは最大のリスクだと考えている。だからどんな投資をするにも、「安いか?」は必須の問いなのだ。
運がなければ、マークスはこの非効率的だが特価品の多い市場に行き着きはしなかった。高い知力とわが道を行く独立心がなければ、運がもたらした機会を決していかせなかった。
「ただし、運だけでは不十分だ。知力だけでも同じくらい不十分だし、勤勉だけでも不十分、忍耐だけですらそれだけで十分とは言い切れない。配分に差はあるかもしれないが、4つ全てが揃っていないといけない。」
自分は幸運だったと胸に刻んでいるマークスは、「全宇宙の支配者症候群」」に罹ったりはしない。彼の謙虚さが、最高に頭が良い(最高についている)投資家が陥りやすい自信過剰に対して、免疫効果を発揮しているのだ。
バブルの物語
『バブルの物語』は、市場に陶酔感をもたらす要因を解き明かした、金融分野ではマークスの唯一の愛読書だ。
「第一の要因は、金融に関する記憶は極端に儚いということだ。そのため、金融に大惨事が起こってもすぐに忘れさられる。しかも、再び、時にはほんの数年後に、同じか非常に似た状況になった時、それは金融界や更に広い経済界における輝かしい革新的な展開だとして、大抵若く、決まって自信に満ち溢れた新しい世代から歓呼で迎えられる。人間の活動の内で、金融界程歴史が軽視される分野はほとんどない。過去の経験は、ただの記憶に過ぎないとして、目の前の驚異的な奇跡を評価できる洞察力のない者が逃げ込む古い避難所だとして退けられるのだ」
『バブルの物語』(ジョン・ケネス・ガルブレイス)
2017年にビットコインの価格が急上昇するのを見て、マークスはこれもまた、次から次に現れてきた「驚異的な奇跡」の歴史に書き加えられた1ページに過ぎず、いずれ奇跡ではないと分かるのではないかと思った。どこまでも値上がりしていくテスラやネットフリックスのようなスリル感あふれる株にもかけようと思わなかった。「何か、あるいは誰かが成功すると、慢心や、自分は失敗しないという思い込みが生まれ、むやみに手を広げようとする。非常に危険だ」。上昇相場を席巻した大化け株にもかつて起こったように、振り子はいずれ反対方向へ振れるとマークスは常に想定している。似たようなシーンを何回も見てきたので、何かが度を超えるとすぐに察知できるようになったのだという。
ぎりぎりまで追い込んではいけない
マークスが過去何十年も考えてきて、著書などでも繰り返し触れるテーマがいくつかある。特に頻度が高いのが次の5つだ。
1.未来を予測したり変えたりは出来ないと知る。 2.過去のパターンを学べば、今後何が起こりえるか、大体の見当つけるのに役立つ。 3.サイクルが反転するのはやむを得ないことであり、行き過ぎた行動にはあとで報いが来る。 4.サイクルの逆に動けば、サイクルから利益を引き出せる可能性がある。 5.不確実な世界において金融で長く成功するには、謙虚さ、懐疑心、用心深さが大事。
人生は複雑で私たちの思考は散漫になりがちだから、核となるシンプルな知見をいくつか身に付けておくと思考を整理するのに役立つ。ここにあげた5つの考えは、予想がつかない未来へ向かって進もうとするどの投資家にとっても大いに助けとなるだろう。
投資でも人生でも、目指すべきはリスクを受け入れるか避けるかではなく、不快な結果になる可能性も忘れずに、リスクを心にとめつつ理性的に行動することだ。そして、困難に備えうる上で大事なのは、最大限まで増やそう、大きくしようと思わないこと。これは投資でも人生でも同じだ。つまり、ぎりぎりまで追い込んではいけない。
参考文献:ウィリアム・グリーン著『一流投資家が人生で一番大切にしていること』(発売日:2023年6月20日)
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