現実世界を見ると、「仕事=幸せ」という関係があるか怪しいところです。長時間労働、十分ではない賃金、求められる高い成果、上司を始めとした職場の人間関係、セクハラやパワハラのリスク等々、仕事はネガティブな要素に事欠きません。お金のためと割り切って働き続けている人も少なくないのではないでしょうか。
このように実際の仕事には大変な面が多いわけですが、そんな中でも多くの人が嬉しいイベントとして認識しているのが昇進です。昇進は昇給を伴うだけでなく、権限も拡大します。しかし近年の調査では、管理職になりたくない人が増えているという結果が出ています。厚生労働省の『平成30年版 労働経済の分析』によれば、非管理職の61.1%が「管理職に昇進したいと思わない」と回答しています。その理由として、「責任が重くなる」「業務量が増え、長時間労働になる」などが挙げられています。果たして実態はどうなのでしょうか。
健康な人ほど昇進するがメンタルを病む
スターリング大学のクリストファー・ボイス博士らのイギリス全土の民間企業の就業者を含むデータを用いた分析の結果、次の2点が明らかになりました。1点目は、元々健康状態が良い人ほど管理職に昇進していたこと、2点目が、管理職に昇進した3年後にメンタルヘルスが悪化したということです。
つまり健康状態が良い人ほど昇進するが、昇進後にメンタルヘルスは悪化するということです。オーストラリアでもスイスでも同様の研究が行われましたが、同様の結果でした。
日本について行われた分析からは、次の3つの結果が得られています。
① 管理職に昇進しても幸福度は上昇しない この結果は男女両方に共通しており、昇進1年前から昇進3年後時点まで幸福度の増加傾向は確認できませんでした。 ② 年収は増加しても満足していない 男女とも管理職で働くことで年収が増加したのですが、所得に対する満足度は上昇していませんでした。これは、管理職で働くことの金銭的な報酬が十分ではない可能性を示しています。特に女性の場合、余暇時間満足度と仕事満足度が低下していました。仕事の負担を「しんどい」と感じることが多くなったと考えられます。 ③ 健康度が悪化する 女性の場合は管理職に昇進した2年後、男性の場合は管理職に昇進した1~3年後に健康度が悪化しました。
以上より、日本では管理職に昇進しても幸福度は上昇しないし、健康状態は悪化すると言えます。
妻が管理職だと夫の幸福度は低い
日本の場合、性別役割分業意識が強く、「男性=仕事、女性=家事・育児」という価値観が色濃く残っています。しかし管理職として働く女性の割合が徐々に増加しています。民間企業の課長級の役職者における女性の割合は、1990年では約2%でしたが、2019年には約11%にまで上昇しています。
管理職への昇進は、自分以外への家族、特にパートナーにどのような影響を及ぼすのでしょうか。
2011年~2020年までの59歳以下の既婚男女それぞれ約8,000人を分析対象とし、パートナーの管理職への昇進が自分の幸福度や健康に及ぼす影響を検証したところ、妻が管理職の場合、夫の幸福度が低くなることが分かりました。
妻の就業状態を、①管理職の正社員、②非管理職の正社員、③非正社員、④非就業の4つに分類したところ、夫の幸福度は、妻が④非就業の時に最も高く、①管理職の正社員の時に最も低くなっていました。つまり、妻が管理職だと夫の幸福度は低いことを意味します。
逆に、夫の就業状態別の妻の幸福度は、夫が①管理職の正社員の時に最も高く、②非管理職の正社員、③非正社員、④非就業の順になっていました。
「妻が管理職」のデメリット
妻が管理職で働く夫ほど幸福度が低くなるのは、妻が管理職で働く際のデメリットの方がメリットを上回ったからです。
妻が管理職で働くことのメリットは、世帯年収の増加と、夫の所得低下や失業に対する保険となることです。
一方デメリットですが、次の2つ考えられます。
1つは、管理職になることで妻の労働時間が増え、そのしわ寄せが家族、特に夫に向かうというものです。通常多くの家庭では妻に家事労働が偏っていますが、妻が管理職になると家事・育児に割ける時間が減ることになります。それを補完するために夫の家事労働の時間が増える可能性があるのです。
2つ目は、性別役割分業意識からの乖離です。日本では「男性=仕事、女性=家事・育児」という価値観が強く残っており、この価値観の中には「男は仕事第一で一家の大黒柱であるべき」という考え方も含まれています。この考えを強く持つ夫の場合、妻の稼ぎが自分の稼ぎを上回るようになった場合、自分の持つ価値観と実態とのギャップからストレスを感じるようになるでしょう。
男性の仕事満足度は女性活躍推進法で低下
日本では2016年4月に「女性活躍推進法」が施行されました。この法律は、国、地方公共団体、労働者数301人以上(2022年からは101人以上)の事業主に女性が活躍できる行動計画を策定・公表するよう義務付けています。狙いは労働力不足や男女間格差の解消、そして、女性の更なる社会進出の促進です。この法律では、管理職に占める女性の割合の把握・公表が義務付けられています。さらに、「女性に対する採用、昇進などの機会の積極的な提供及びその活用」の実施が求められています。
しかし、同法の施行以降に実際に女性管理職の割合が増えたのは、1,000人以上の大企業のみです。1,000人以上の企業では、女性管理職の割合が2015年で7.1%だったのが、2019年には9.2%になりました。一方で、999人以下の企業では、女性管理職の割合はほとんど増えていません。
実際に女性管理職が増えた企業においては、顕著に非管理職正社員の男性の仕事満足度が低下しています。これは、それまで得ていた昇進機会が制限されたことにより、不満が溜まっているからです。しかし、だからといって昔の日本の姿に戻るのも難しいでしょう。
参考文献:佐藤一磨著『残酷すぎる 幸せとお金の経済学』(発売日:2023年11月15日)
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