現在、日本の平均年収は約400万円です。そんな中で、「年収1,000万円じゃ全然足りないですよね」と言われたら、あなたならどう思うでしょうか。「何をぜいたくなことを!」と不快な思いを抱く人が多いのではないでしょうか。
しかし、ひと時代前に比べて、年収1,000万円の実質的な経済力は大幅に下がっています。家計の税負担や社会保険料はこの20年程で大幅に増えており、物価高や不動産価格の高騰によって生活コストも上昇しました。とりわけ、子育て世帯にとっては厳しい状況と言えます。厚生労働省の調査では、子供がいる世帯の6割超は生活が「苦しい」と回答しており、全世帯(53%)よりも高い水準です。
ある大手保険会社が今年行った調査では、年収1,000万円以上の世帯でも、安心して子育てするためのお金が不足しているという人の割合が7割超、子育てにかかる費用が精神的負担になっている人が57%というデータもあります。年収1,000万円でも贅沢どころか、普通に暮らしていくのも厳しく、追いつめられていることをうかがわせます。実際の年収1,000万円前後の世帯、とりわけ子育て世帯に関して言うと、高級マンションに住んで高級車を乗り回す余裕などほとんどないのが現実なのです。
不動産高騰で消えたマイホームの夢
多くの人にとって、人生における一番大きな買い物はマイホームではないでしょうか。もちろん、賃貸派にとっても、家賃の支払いは毎月の家計支出の主要な部分を占めるものです。
衣食住の中でも、住まいは暮らしの基盤になるため、結婚や出産、子供の進学、転勤や転職などでライフステージが変わると住居に対する考え方や選び方も変わります。大人だけの世帯にとっては快適なエリアでも、必ずしも子育てしやすい環境とは限りません。また、終の棲家と思って購入した家だとしても、何らかの事情で手放す必要に迫られる可能性を考慮すれば、万が一物件を売りに出した場合にどれぐらいの値が付くのかという点も見過ごせません。条件を多く満たそうとすればするほど家探しが難しくなるとともに、費用もかさみます。
ところで、住宅価格は近年かつてない勢いで高騰しています。不動産価格の全国平均は、この10年余りでおよそ4割も上昇しているのです。マンションに限れば、2023年4月には約2倍にも達しました。
中でもとりわけ高騰が激しいのが、東京都中心とした首都圏です。不動産調査会社の「東京カンテイ」のまとめでは、主にファミリー層向けである70㎡の中古マンションの売り出し平均価格は2023年2月に首都圏で4,866万円を記録し、5年前の1.5倍近くになっています。中古以上に高騰している新築マンションが高くて買えないから、と物件探しを中古に切り替える人が増えた結果、中古の需要が高まっているのです。都内のファミリー物件を多く扱う不動産仲介会社イーエム・ラボ代表の榎本佳納子氏は、「10年ほど前は6,000万円台だった都心の中古マンションが、今は9,000万円台になっているケースもある」と言います。
需要の高い都心部での高騰ぶりはさらに顕著で、東京23区の中古マンションの平均価格は2023年3月以降、70㎡あたり7,000万円超、千代田区、中央区、港区、新宿区、文京区、渋谷区の都心6区にいたっては、平均1億円を超えています。(2023年9月現在)
購入のハードルが一層高くなっているのが新築物件です。首都圏の新築マンションの平均価格は2023年3月に1億4,360万円と、単月で初めて1億円を突破しました。新築マンションは供給数が近年減少し続けており、常に需要過多です。加えて世界的な原材料価格の高騰により建築費も上がっているため、価格相場はバブル期を超えるほど高くなっています。それでも都内の新築マンションは分譲開始直後の完売が相次いでいます。
住宅購入を考える時、いくらくらいの物件なら買えるのかを判断する目安になるのが「年収倍率」です。物件価格に対する世帯年収の比率は、中古住宅では平均で6倍弱、新築住宅では7倍前後となっています。年収1,000万円であれば、物件価格6,000~7,000万円が目安ということになります。中には「都内では7倍以上、なかには10倍というケースもある」と言います。ただ、1億円レベルの物件を購入するのは、「世帯年収が2,000万円以上のケースが中心」のようです。
5,000万円で都心に家は買えるのか
「都心かつ広々とした新築もしくは築浅」といった、全ての理想を叶える完ぺきな物件は無理だとしても、いくつかの条件を妥協すれば希望に合う物件を見つけることは出来るようです。探す際の主なポイントは①都心から離れる・駅から離れる、②築古にする、③広さを妥協する、の3点です。
① 都心から離れる・駅から離れる
都内でも都心や駅から離れた立地なら、70㎡以上の3LDKといったファミリー物件を5,000~6,000万円程度で見つけやすくなります。23区でも、山手線外の中野区、杉並区、大田区などでは、この予算で3LDKを買えることがあります。また東京都下や神奈川県になると、新築マンションでも平均価格が約5,000万円台、新築戸建てでも平均5,000~6,000万円台となっています。
② 築古にする
物件の築年数が古いものを選ぶことで、同じ地域、同じ広さの他物件よりも価格を抑えられることもあります。都内で新築や築浅のファミリー物件は1億円近くてとても手が出ないという場合でも、築30~40年以上といった物件であれば地域・立地・広さなどにもよりますが、5,000~6,000万円程度で見つかるケースがあるようです。
ただし、築古物件は、新築にはない注意点があります。想定以上に修繕費用が掛かるリスク、住宅ローンが借りづらいリスク、税金面で不利になるリスク、耐震基準を満たしていないリスク等。これらを考慮し、新しさにこだわらない場合は、物件探しの選択肢を広げられるかもしれません。
③ 広さを妥協する
一般的にファミリー向けの物件というと70㎡程度以上が目安とされますが、物件価格は面積に比例して高くなりますので、広さを妥協するのも一案です。どの程度の広さがあれば快適に暮らせるのか、感じ方に個人差があるところですが、一般論として、子供が1~2人程度かつ未就学児のうちは50㎡台でも無理なく暮らせる家族が多いようで、3人家族で45㎡、4人家族で50㎡という例も見かけます。
ペアローンを利用する場合
様々な事情から、たとえ高額であってもどうしても条件を満たす物件を買いたいという場合、共働きであればペアローンを使うという方法もあります。夫婦それぞれの収入に対して借入可能額を審査されるため、どちらか一人だけが借りるよりも、借入額の合計を増やすことが出来ます。一般的には夫婦どちらかが単独で借りる場合の1.5倍ほどの額まで借りられるケースが多いようです。リクルート「2022年首都圏新築マンション契約者動向調査」によると、共働き世帯の48%がペアローンで住宅ローンを契約していて、その中でも年収1,000万円以上の共働き世帯に絞ると、73%もの世帯がペアローンを利用しています。
10年前から様変わりした住宅事情
都心の物件価格がここまで高騰したことの一因は「共働き家庭による実需の増加」にあると言われています。しかし、共働きが増えたことによって、共働きをするために便利なエリアの物件は、共働きで一生懸命お金を稼いでも到底買えないような場所になっているのです。このような皮肉な状況は、社会構造の急激な変化が招いた機能不全とも言えるのではないでしょうか。
マイホームを購入したいのに金銭的な問題からやむなく賃貸暮らしをしている家庭も少なくありません。特に不動産価格が上がっている首都圏では、家を買いたくても予算に合う物件が見つからず買えなかったという人が賃貸に流れる傾向もあるようです。東京の持ち家率は45%で、沖縄に次いで全国でワースト2、一方で借家率は49%と全国第2位であり、特に東京における「マイホーム」がいかにハードルの高いものかが良く分かります。
都内の不動産仲介会社エニスト賃貸営業部の八木原覚氏は「都心近くの家族4人で住める物件だと、賃料20万円を切ることはなかなかない」と言います。このような状況のため、東京でマイホームを買おうと物件を探すも予算に合わず、家探しを賃貸に切り替えたはいいが家賃相場も予想以上に高く、結局希望に合う家が見つからないという「住宅難民」が増えているようです。
購入でも賃貸でも、特に子育て世帯が住居を確保するためのハードルは、物理的にも経済的にも、急激に高くなっているのです。
参考文献:加藤 梨里著『世帯年収1000万円:「勝ち組」家庭の残酷な真実』(発売日:2023年11月17日)
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