映画で描かれる典型的なストーリーといえば、「離婚で相手の財産を狙う」や「離婚で不幸になる」等です。しかし、本当に離婚によって不幸になっているのでしょうか。またもし不幸になっているのであれば、その効果は短いのでしょうか。それとも長いのでしょうか。
離婚のショックが大きいのは男性
離婚と幸せの関係についての代表的な研究に、フランスのパリ経済学校のアンドリュー・クラーク教授らがおこなった研究があります。この研究では、1991~2006年の、16~60歳の男性約47,000人、女性約55,000人を対象とし、離婚前後数年間の生活満足度の変化を検証しています。この分析により、興味深い結果が明らかになりました。
まず女性の推移を見ると、離婚前の数年間にわたって生活満足度が低下するものの、離婚後に緩やかに回復していきます。そして離婚2年後以降になると、離婚の負の影響は消え、離婚前よりも生活満足度が高くなっていたのです。一方男性の推移を見ると、離婚3年前から離婚する年にかけて生活満足度が低下し、明確に回復傾向が見られたのは、離婚から5年経った後でした。つまり男性の場合、女性と違って、離婚からの回復が遅いという特徴があります。これは日本でも同様です。
日本では近年離婚件数は減り続けているものの、熟年離婚件数は増え続けており、2019年には離婚全体に占める熟年離婚の割合が19.4%に達しています。そしてこの熟年離婚を経験した、2005年~2012年の日本の50~66歳の男女約12万人を対象とした調査によると、男性の場合、離婚後3年間にわたってメンタルヘルスが悪化したままになります。一方女性の場合、離婚1年後からメンタルヘルスは改善していきます。年老いてからの離婚は、男性にとってつらいものになるのに対し、女性にとっては精神的な健康度が向上するのです。
熟年離婚の男女間格差
熟年離婚の影響は、女性よりも男性において大きいわけですが、実はこの影響はメンタルヘルスだけでなく、そのほかの社会活動でも同様に見られます。
男性は離婚後にスポーツ・健康活動への参加割合が低下する傾向があります。離婚後、男性は孤立を深め、健康への配慮も行き届きにくくなるという実態がありそうです。一方女性は、離婚2年後以降になると離婚前よりもスポーツ・健康活動に参加する傾向が見られました。女性の場合、離婚直後から前を向き、社会とのかかわり合いや健康維持の活動を活発化させると言えるでしょう。
男性が離婚を引きずる理由
離婚の影響は男性で大きい傾向がありますが、これには2つの理由が考えられます。
1つ目は、離婚を言い出すのは主に妻であり、夫は急なことでショックを受けやすいためです。最高裁判所の『司法統計年報』によれば、2019年の離婚の申し立ては、妻からが約73%でした。この傾向は近年も大きく変わっていません。
2つ目は、生活に関する様々なサポートが得られなくなるためです。日本では依然として性別役割分業意識が強く、妻が食事や洗濯といった多くの家事を担っています。離婚後はこれらの家事を男性が自分でやらなければなりません。急にこのような状況に対応することは難しく、それが心身の健康を損ない、離婚のマイナス影響を大きくするわけです。
経済学から見た離婚の理由
そもそもなぜ人は離婚するのでしょうか。カギとなるのは、「予想外のショック」と「本当にベストな結婚相手を探すのは簡単ではない」という2つの要因です。
人は少なくとも「この人と結婚すれば幸せになれる」と考えて結婚するはずです。逆をいえば、離婚はこの関係が成立しなくなった時に発生すると言えます。つまり、このまま結婚生活を続けるよりも、独身に戻った方がメリットが大きく、幸せになれると判断した場合に離婚するのです。この要因が、先述した2つの要因です。
1つ目は、「結婚当初に予測しえなかったネガティブ・ショックの発生」です。例えば、パートナーの降格、左遷、失業、不倫など、夫婦関係が長く続いていく中で、結婚した時には想像できなかった、または想像とは違った出来事に遭遇することがあります。病めるときも健やかなるときも結婚生活を続けていくと誓ったものの、ネガティブ・ショックによって経済的・非経済的なメリットが低下すれば、離婚する方が合理的となる場合もあるでしょう。
2つ目は、「結婚相手を探す際にかかる金銭的、時間的な負担」です。通常身近な人から結婚相手を選ぶのが自然です。結婚相手を探し出すサービスを最初からフル活用する人も少ないのではないでしょうか。これは単純に金銭的・時間的な負担が大きいためです。本当はもっとマッチングの良い相手がいるものの、サーチコストが高すぎて巡り合えないため、身近にいる人の中で最も納得できる相手と結婚している可能性があるわけです。いわば、「制約下における現実的な最適解が今の結婚」なのかもしれません。ということは、結婚後に何らかの拍子に今の結婚相手よりも望ましい相手と出会うことも考えられます。合理的な意思決定をする個人であれば、ここで離婚してもおかしくないでしょう。
どんな人が離婚しやすい?
離婚は、相対的に貧しい家庭で発生する傾向があります。具体的には、持ち家がなく、貯蓄が少なく、夫の所得が低いほど離婚しやすくなるのです。
また学歴について、プリンストン大学のジェームズ・レイモ教授らの研究によれば、日本では大卒女性と比較して、高卒女性は1.6倍、中卒女性は2.8倍離婚しやすいことが分かっています。
夫の失業と離婚にも深い関連があります。特に日本の場合、夫が収入面の大黒柱であることが多いため、夫の失業による所得低下は免れず、家計のゆとりはすり減っていきます。これは家庭内でのストレスを増加させ、夫婦関係にも悪影響を及ぼすと考えられます。この結果として、夫が失業した世帯ほど、その後の離婚確率が高まる傾向にあります。
経済学から見た離婚しないタイプとは?
近年の経済学では、私たち個人の人間的な特徴と離婚の関係についても分析しています。その特徴とは、「リスク許容度」と「忍耐強さ」です。
「リスク許容度」とは、将来起こりうる変化をどの程度受け入れることが出来るのかを示しています。要は、変化を好むか、それとも安定を好むかと言ったことを示す指標です。「忍耐強さ」とは、将来のために、今やりたいことをどの程度我慢できるのかを示しています。
まず「リスク許容度」ですが、リスクに対する許容度が小さく、変化よりも安定を好む人ほど、離婚しにくいことが分かっています。離婚後の生活の変化や新たなパートナーが見つかるかどうかを心配し、現状維持するというわけです。次に「忍耐強さ」ですが、忍耐強く将来のために今我慢できる人ほど、離婚しづらいことが分かっています。結婚生活の状況が悪くなったとしても、将来状況が変わって結婚生活が上手くいくようになるまで我慢するというわけです。
つまり、忍耐強く、変化よりも現状維持を望む人ほど、離婚しづらくなります。
結婚相手は自分を映す鏡
結婚相手は、「自分がどのようなスペックを持っているのか」、「自分がどの程度リスクを許容できるのか」、そして「自分がどの程度忍耐強いのか」といった点を反映しています。
自分が高いスペックを持っている場合、結婚市場で価値ある相手として認識され、出会いも増えます。多くの出会いの中から、自分とマッチングの良い相手と結婚することも可能でしょう。逆に、自分のスペックが低ければ、結婚市場で出会いも少なく、マッチングの良い相手と巡り合えないかもしれません。
リスクに対する許容度が大きければ、「今よりもっといい出会いがあるのではないか」と考え、結婚時期が遅れることも覚悟して相手を探し続けることが考えられます。逆にリスクに対する許容度が小さければ、「次の相手が見つからなかったらどうしよう」と考え、早めに手を打って結婚することになるでしょう。
忍耐強い人であれば、相手に求める条件に妥協せず、条件のいい相手と巡り合えるまで待つことになるでしょう。逆に、忍耐強くない人であれば、相手に求める条件を緩め、早めに結婚することになるでしょう。これらの要因がすべて反映されたのが今の結婚相手というわけです。
参考文献:佐藤一磨著『残酷すぎる 幸せとお金の経済学』(発売日:2023年11月15日)
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