長年続いてきたデフレ経済から一転して、モノの値段が上がり続けています。2021年に世界的な原材料価格とエネルギー価格の高騰による物価高を受けてプラスに転じ、2022年には日銀の目標値であった2%を突破しました。
電気代やガス代の負担もかつてないほどに重くなっています。東京電力など大手電力会社は2023年6月使用分から家庭向けの電気料金を3~4割値上げしました。標準的な使用料のモデル世帯での電気料金は11,737円で、過去20年程で最高額を記録しました。原材料価格やエネルギー価格の高騰に加えて円安の影響もあり、物価上昇の流れはこの先も当面続くとみられています。
一方で、働く人の実質的な賃金は目減りしています。国税庁の「民間給与実態統計調査(令和3年)」によると、会社員の平均給与は年収443万円。2023年4月の給与の実質賃金は前年同期比マイナス3%で、2022年4月以降ずっとマイナスが続いています。
また長期的に私たちの収入を目減りさせているのが税金や社会保険料です。この20年余りで消費増税や社会保険料の引き上げが続き、家計の目に見えない支出は確実に増えています。世帯年収1,000~1,250万円世帯の場合、2000年には年間約165万円だったのが、2022年には約225万円にまで増えています。
このように、税や社会保険料の負担が増えた上に物価高で生活コストも上がっているわけですので、今の年収1,000万円世帯の経済力はかつてに比べ、ずっと弱くなったことが分かります。
疲れ果てた「パワーカップル」たち
このような状況のなか目につくのが、共働き世帯の増加です。「世帯年収1,000万円」と一口に言っても、夫婦2人がそれぞれ平均年収に近い約500万円ずつを稼ぎ、やっとのことで家族を養っている家庭が少なくありません。
一方で、世帯年収1,000万円以上の共働き夫婦は、情報感度や購買力の高さから「パワーカップル」と呼ばれることがあります。しかしその実態は、言葉が持つイメージとはかけ離れているようです。
都市部で子育てをする場合、子供の進路や地域によっては世帯年収1,000万円でも金銭的余裕はありませんが、それに加え、共働きでの育児には、職場にアクセスのよい住居にかかる住居費や、仕事中に子供を預けるための保険料、日々の家事をこなすための家電製品の購入やサービス費用の金銭的負担はもちろん、精神的・肉体的負担という意味でも相当のコストがかかります。キャリアを重視し、仕事が好きで働いている人もたくさんいますが、一方で家計のためにやむなく共働きをしている人も一定数いるのが現実ではないでしょうか。
年収が高いと希望の保育園に入れない?
保育園の利用を希望しており、かつ保育の必要性が認定されているにもかかわらず入園が出来ていない待機児童の人数は2022年4月1日時点で2,944人で、2016年時点の23,553人から比べると約1/8まで減りました。しかし、待機児童の現状には大幅な地域差があるため、今なお保育園に入りにくい場所もあります。
認可保育園への入園は、親の働き方や兄弟がいるかどうかなど、保育の必要性を細かく指数化した点数によって可否が決定されます。地域によって細かな仕組みは異なりますが、一般的には両親それぞれの就労形態や就労時間数などを点数化したものが基準指数、同居する祖父母がいる、両親どちらかが単身赴任中、等の個別事情を点数化したものが調整指数となり、両者を合わせたものがそれぞれの家庭の持ち点数となります。
従って、調整指数として加点・減点がなければ、両親がフルタイム勤務の共働き家庭はほぼすべて同点数で並ぶことになります。その場合、人気のある保育園を希望すると、同じ点数でも所得の低い人から先に内定とされる場合が多いので、収入が高いほど行きたい保育園に入りにくい傾向があります。それによって、遠方の保育園に通わざるを得ないケースも少なくありません。
待機児童対策は全国的に進められており、確実に成果もあげています。しかし2022年10月からは、その財源確保のために年収1,200万円相当以上の世帯への児童手当の特例給付が廃止されたという側面もあります。所得が一定以上の世帯はただでさえ保育園に入りにくいうえに、自分たちの給付をカットされなければならないのかと複雑な思いを抱いた人も多いのではないでしょうか。
病児保育に月10万円
無事に保育園に子供を入園させても、子供が熱を出せば保育園から呼び出しの電話が来て、親は仕事を切り上げて駆け付けなければなりません。一般的には子供の体温が37.5度以上になると発熱と判断され、預けられなくなります。一度発熱すると、その後すぐに解熱しても少なくとも翌日は保育園を休ませなければなりません。
時に病気の子供と休めない仕事との板挟みになってしまうことがあるのも働く親の現実ではないでしょうか。有給休暇もあっという間に消化してしまい、頭を抱えたことがある親は少なくないはずです。
発熱や病気などで通常の保育園に登園できない時に利用できる病児保育には、専門の保育園や診療所に預ける施設型と、病児に対応可能な保育士やベビーシッターが自宅に来てお世話をしてくれる訪問型のサービスがあります。施設型の一部は補助を受けると1日の利用料が2,000円~3,000円程度と比較的手ごろです。しかし施設の受け入れ枠は限られており、特にインフルエンザ等が流行する時期は希望する日に預けられないこともままあります。
民間の病児保育サービスは多くが訪問型で、各家庭に保育士が派遣されます。1日5時間の利用で補助がなければ2万円近くかかるケースもあります。時期によっては当日朝にはすでに予約がいっぱいで、依頼自体が出来ないこともあります。どうしても仕事を休めずに何日も集中して利用した結果、病児保育だけで月10万円以上になったというケースもあります。
共働きに迫る「隠れ貧困」リスク
忙しいからといって便利な時短家電(乾燥機付き洗濯機、食洗機、ロボット掃除機)を持ち、ベビーシッターや家事代行サービスを使うだなんて贅沢だと感じる人もいるかもしれません。
しかし、石井加代子氏と浦川邦夫氏の研究では、未就学児が2人以上いる共働夫婦は自由時間が1日に1時間もなく、そのうちの4割は最低限の家事をする時間さえ足りないという状況に置かれていることが示されています。
実家が遠方で近くに頼れる人が誰もいない、夫婦どちらかが多忙で、もう1人が家事や育児をワンオペでしなければならないといった事情を抱えていれば、最低限の日常生活を送るためにロボットの力や人手を動員せざるを得ない現実を、一概には否定できないと思います。「時は金なり」と言いますが、とりわけ共働き世帯は、家事や育児の時間を確保するためにキャリアや収入を手放すか、夫婦で働いて収入を得るのと引き換えに時間をお金で買うかの選択に迫られています。選択の仕方次第では、せっかく共働きをして収入を上げたにもかかわらず、貧困状態に陥るという状態にもなりかねません。
夫婦にこれほどの負担がかかるのは、都市への一極集中や核家族化が進んだ弊害でもあるのかもしれません。当事者以外から見れば経済的にゆとりがありそうでも、実はぎりぎりの生活に悩む、隠れた貧困状態に近い家庭は、予想以上に多いのではないでしょうか。
参考文献:加藤 梨里著『世帯年収1000万円:「勝ち組」家庭の残酷な真実』(発売日:2023年11月17日)
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