日本を含む多くの先進国では、医療技術の発展に伴い寿命が延びています。これを受け、世界的に人生100年時代と言われるようになってきました。さて、このような長寿に直面した私たちにとって、ふと疑問になるのが、「人生を通じて幸福度の大きさはずっと同じなのか、それとも変わるのか」、という点です。
私たちが年齢を重ねるごとに肉体的、精神的な変化を経験していきますが、これによって幸福度の感じ方が変わってもおかしくありません。若年期では肉体的、精神的に充実していても、人生経験に乏しく、逆に高齢期では肉体的、精神的な面は衰えていきますが、人生経験は豊かになっています。このため、同じ経験でも、幸福度に与える影響が異なる可能性があります。
これまでの心理学や経済学の研究の結果、人生には幸福度が低下する時期と上昇する時期があることが分かっています。そして、人生全体を通してみると、幸福度と年齢の関係はU字型になることが明らかにされています。U字型というのは、若年期から中年期にかけて幸福度が低下し、その後の高齢期にかけて上昇するといった形を意味しています。
アメリカのダートマス大学のデービット・ブランチフラワー教授が行った分析によれば、ヨーロッパ、アジア、北アメリカ、南アメリカ、オーストラリア、マレーシア及びアフリカ等の世界145か国において、幸福度と年齢の関係がU字型になり、幸福度が最も低くなる年齢の平均値は、48.3歳であることが分かっています。また日本でも、49歳または50歳で幸福度が最低となっています。なぜ、そうなるのでしょうか。
50歳前後で幸福度がどん底になる理由
年齢と幸福度の関係がU字型になる背景には諸説ありますが、代表的なものに40代から50代にかけて理想と現実のギャップにさいなまれ、幸福度が低下するという説があります。
アメリカのノースウェスタン大学のハネス・シュヴァント准教授の研究によれば、若年期ほどより良い将来を予想し、生活全体の満足度も今より高くなると見積もる傾向があります。若い時ほど今後の人生への期待値が高い状態にあるわけです。これが中年期の理想と現実のギャップを大きくする原因となります。一方、高齢期になるほど将来の生活全体の満足度を低く見積もる傾向があります。このため、理想と現実のギャップも小さく、予想していなかった小さなポジティブな出来事が幸福度を引き上げる要因となるわけです。
年齢と幸福度の関係がU字型になる2つ目の理由として、50歳前後で親の介護と子育ての2重負担がのしかかり、幸福度を低下させるという説があります。
また、仕事面では中間管理職として働く時期でもあり、仕事の責任もストレスの原因となります。日本の場合、直近の10年間で課長以上の管理職に慣れる比率が徐々に低下しているため、そもそも管理職になれない場合も増えています。管理職になったらそれはそれで大変ですが、なれない場合、より大きなストレスとなるでしょう。このように仕事面でもストレスが多い時期であり、幸福度が低下する原因になっていると考えられます。
幸福度低下への対策は「お金」
これまで見てきたとおり、幸福度と年齢の関係はU字型になっており、50歳前後で幸福度が落ち込む傾向にありますが、近年の研究の結果、幸福度の落ち込みが見られなかったり、その落ち込みが小さくすむ場合があることが明らかにされています。その鍵となる要因は、「お金」です。
オランダのライデン大学のディミッター・トシコフ准教授は、年齢と幸福度の関係が所得水準によってどのように変化するのかを検証しました。その分析の結果、所得を10段階に分割した場合、所属する所得階層によって年齢と幸福度の関係が大きく異なることが分かりました。
彼の分析の結論は、「高所得階層に属する場合、幸福度と年齢の関係はほぼフラットになり、50代における幸福度の落ち込みは観察されない」というものでした。この結果から、高い所得が50歳前後の理想と現実のギャップを解消するだけでなく、介護や子育ての負担にも対処していると解釈できます。「お金」の力は絶大だということです。
所得が最も低い階層の場合、年齢と幸福度の関係は、ある時期まで減少し、その後少し上昇するといった具合になります。より具体的には、50歳になるまで幸福度は低下し続け、その後少しだけ上昇するという形になります。また、所得が中間層の場合、幸福度と年齢の関係はU字型になるものの、50代における幸福度の落ち込みは、低所得階層よりも小さくなっていました。
つまり、平均的に見た場合50歳前後で幸福度が最も低くなりますが、これへの対応策は「お金」であるということです。
高齢世帯の構造変化
高齢期は幸福度が相対的に高くなる時期ですが、解釈には注意が必要です。というのも、高齢者世帯と一口で言っても、様々な世帯があるからです。
65歳以上の高齢者がいる世帯は、①独居世帯、②夫婦のみの世帯、③親と未婚の子のみの世帯、④3世代世帯、⑤その他の世帯、の5つのグループに分けられます。そして近年、次のような構造変化がみられます。
1. 未婚の子と同居する高齢者の増加(③の増加) 1986年では未婚の子と同居する高齢者の割合は11%程度でしたが、2019年には20%(世帯数では約512万世帯)にまで増加しています。 2.独居世帯の増加(①の増加) 1986年では単独世帯の割合は13%でしたが、2019年には29%にまで増加しています。 3.夫婦のみの世帯の増加(②の増加) 1986年では夫婦のみの世帯は18%でしたが、2019年には32%にまで増加しています。 4. 3世代世帯の減少(④の減少) 1986年では3世代世帯(子、孫との同居世帯)の割合は45%と、ほぼ全体の半分近い値でした。しかし2019年になると、この割合はわずか9%にまで落ち込んでいます。
このように高齢者の世帯構造は大きく変化していますが、中でも注目されるのが未婚の子と同居する高齢者と独居世帯の増加です。なぜなら、近年の研究の結果、これらの世帯は、幸福度が低くなる場合があると分かってきたからです。
幸せの決定条件
最後に、「どの要因が幸福度に大きなインパクトをもたらすのか」、「幸福度を大きく高める要因は何なのか」、「幸福度を大きく低下させる要因は何なのか」といった、「幸せの決定条件」について考えてみたいと思います。
幸福度全般に関する論文は、ポール・ドーラン氏が発表しています。その論文の中で、ドーラン教授らは、幸福度を大きく低下させる4つの要因を指摘しています。それは、健康状態の悪化、失業、パートナーとの離別、そして、社会からの孤独・孤立です。
健康状態が悪くなれば、日々の生活に支障が出て、幸福度も低下するでしょう。失業すれば、社会的な地位や経済力を失うだけでなく、周囲の目も気になるようになるため、幸せを実感することが難しくなります。また、大切なパートナーと別れ、喪失感にさいなまれれば、不幸のどん底に陥ってしまうかもしれません。さらに、気軽に話せる人や困った時に頼れる人がおらず、孤独を感じる人も幸せを実感しにくいでしょう。
このように私たちの幸せには、健康、仕事、そして人間関係が大きな影響を持っています。そしてこれらの要因の中でも、人間関係が特に大きなインパクトを持つのではないかと指摘されています。ハーバード大学のロバート・ウォールディンガー教授とブリンマー大学のマーク・シュルツ教授らの研究の結論は、「心の通う人間関係が、人生や老いの辛さから私たちを守ってくれる」というものです。
人間関係、健康、仕事は、まさに私たちの普段の生活そのものであり、目新しさはありません。しかし、その普段の生活の中にこそ、私たちの幸せがある、と言えるでしょう。
参考文献:佐藤一磨著『残酷すぎる 幸せとお金の経済学』(発売日:2023年11月15日)
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