インターネットスラングで、「無敵の人」という言葉があります。社会的に失うものが何もない(だから後先考えず、何でもできる)人を指す言葉です。貧しく、仕事もなく、友人もなく、恋人もなく、夢も破れた人。
「無敵の人」が、社会から様々なものを奪われること=「社会的排除」によって生まれるのだとすれば、それに対抗するには、その人を社会に戻していくこと=「社会的包摂」のプロセスが不可欠です。それは、社会の問題として解決策を講じていくという意味で「社会的処方箋」と呼ぶことが出来るでしょう。
2021年10月31日、東京都調布市を走行する京王線の車内で殺傷事件を起こした服部恭太(当時24歳)、2022年7月8日、安倍晋三元首相を銃撃により死に追いやった山上徹也(当時41歳)、2023年4月、岸田文雄首相に爆発物を投げ込んだ木村隆二(当時24歳)。いずれの事件も、事件を引き起こしたのは、社会から様々なものを奪われた者でした。このような事件が立て続けに起こる現代日本において、「無敵の人」が生まれる社会的背景と、その社会的処方箋について考えていきます。
「奪われている」感覚は相対的なもの
このような事件が起きた後に容疑者の不遇な人生が語られると、「世界にはもっときつい人生を送っている人がいる」、「衣食住の足りている日本のような国に住みながら何の不満があるのか」等という反応が、しばしばみられます。確かに、世界の最貧国に分類される国々に住む貧しい人々と比べれば、日本人が物質的に豊かであることは間違いありません。
しかし、物質的な豊かさと個人が主観的に幸福と感じているか否かは別次元の話です。社会学では「相対的剥奪」という概念があります。これは、個々人の感じる幸福感は、その人が自らの考え方や行動を決める際の指針として準拠している集団との関係の中で測られるものだということです。だから傍から見て幸せそうな人でも、その人が自身の準拠集団に照らしあわせて「享受すべき幸せが奪われている」と感じていることもあります。個人の感じる「剥奪」の感覚は、「相対的」なものなのです。
戦後日本を生きる多くの日本人にとって、幸福感の中心にあるものは「戦後家族」でした。夫は安定的な雇用を確保しており、妻は専業主婦として家事・育児に勤しむ。マイホームとマイカーをローンで購入して、子供を育て、老後は年金で過ごす・・・。戦後の日本人は、そんな豊かな家族を夢見ながら、日々懸命に励み、実際にその夢をかなえてきました。
1990年代から2000年代、2010年代にかけて、日本経済の成長が鈍化し、雇用の流動性が高まり、非正規雇用の増加など、労働者を巡る環境が変化していく中で、こうした生活は「みんなが享受できるもの」から「一部の人が享受できるもの」へと変化していきました。人々は準拠集団の内部で「勝ち組」と「負け組」に分断され、「負け組」は「勝ち組」に対して相対的剥奪の感覚を抱き続けることになります。そんな殺伐とした光景が、ポスト総中流社会の日本には広がっていきました。
問題は世界中で起こっている
これは、日本固有の問題ではありません。急激なグローバライゼーションの進行と新自由主義の台頭、それに伴う産業構造と雇用の在り方の変化、社会の二極化と格差の拡大という時代の流れには、多くの先進国が巻き込まれています。また、それに伴う「負け組」の相対的剥奪の感覚の高まりも、世界で同時進行しています。
しかし、このことを必ずしもマイナスに捉える必要はありません。なぜなら、世界中で同じ問題が起こっているのだとすれば、解決しようとする試みも世界中で行われているはずだからです。
処方箋①:再チャレンジできる制度の拡充
人生のどこかで失敗して、思っていたような人生を生きられなかったとしても、やり直すことで思っていたような人生を取り戻すことが出来ます。これが「再チャレンジ」と呼ばれるものですが、制度に落とし込むと、就業支援制度を充実させるということになります。
日本には終身雇用や年功序列という雇用システムが根付いており、再チャレンジしにくい国であることは明白です。再チャレンジを可能にする就業支援制度に関しては、アメリカに学ぶことが多いでしょう。
そもそも日本とアメリカでは「仕事」というものの捉え方が大きく異なっています。日本は「メンバーシップ型」(業務内容が不明確で人に対して賃金が支払われる)、アメリカは「ジョブ型」(業務内容が明確で仕事に対して賃金が支払われる)です。キャリアラダーとは、仕事Aと、(より賃金の高い)仕事Bとの間にはしご(ラダー)をかけて、その間を教育、訓練でつなぐという就業支援の仕組みの事をいいますが、これは「メンバーシップ型」より「ジョブ型」の職場の方が相性が良いことは、想像に難くないでしょう。
日本の就業支援においては、「メンバーシップ型」から「ジョブ型」への移行を促すような企業側への働きかけが、再チャレンジを可能にする就業支援制度を作っていくための「準備作業」として求められるということです。
処方箋②:新たなライフスタイルの後押し
戦後家族的な「幸せのかたち」とは異なるオルタナティブなライフスタイルの追求として、たとえば、自らで所有する「マイホーム」や「マイカー」ではなく、複数人で共有する「シェアハウス」「シェアカー」志向の高まり、「大都市に通勤するサラリーマンと郊外に住む専業主婦」に象徴されるような旧来の都市型のライフスタイルとは異なる価値観を思考する「地方暮らし」人気の高まりなどが、特に若い世代を中心に広がっています。
こうしたオルタナティブなライフスタイルの広がりは、人々の準拠集団をずらし、相対的剥奪の感覚を緩和させる可能性を持っています。このような動きを邪魔せず、彼らが新しいライフスタイルを謳歌できるような環境を整えていくことが、2つ目の社会的処方箋です。
「社会的包摂」を成功させるために
「無敵の人」の問題は、社会によって対応可能な問題です。しかし、だからこそ、それを放置しているのは私たちの問題とも言えます。
様々な凶悪事件の形をとって現れる見捨てられた人=「無敵の人」の怨嗟の声を受け止め、対応していくことこそが、私たちの社会が今果たすべき責任なのではないでしょうか。
参考文献:山田 昌弘著『「今どきの若者」のリアル』(発売日:2023年11月16日)
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