総務省の「労働調査」(2022年)によれば、就業者数は男性が3,699万人、女性は3,024万人と、数の上ではほぼ拮抗していることが分かります。しかしその就業形態を見ると、正規雇用は男性が2,348万人に上る一方、女性は1,250万人と男性の約半分にとどまっています。男性の非正規雇用は669万人なのに対し、女性は1,432万人と、男性の倍以上です。つまり、共働き世帯が増えているとは言うものの、男性と女性の間で、正規労働、非正規労働の格差が厳然として存在しています。そして、正規と非正規では、当然ながら給与面で大きな開きがあります。
一方で、共働き夫婦の増加と女性の社会進出に伴い、社会的地位や収入において、外から見て、妻の方が社会的に出世しているような印象を与えるような夫婦は今の時代において、決して少なくありません。共働き夫婦で、どちらかの仕事がうまく回り始めた一方、片方のパートナーが対照的な局面を迎えた時、夫婦間で何らかの化学変化が起こるのでしょうか。まして、男性が優位に立つ日本社会で、妻ではなく夫が収入で劣るような形になると、どうなるのでしょうか。
稼ぐ妻からの恩恵を受けるのは誰?
稼得能力における優位性を、1つの拠り所としているのが男性性=男らしさと言えるでしょう。男は外で稼ぐもの、という伝統的な考え方が蔓延する中、稼得能力で妻を下回ると心穏やかではないのではないのではないでしょうか。
妻が経営者で、妻の方が自分より稼いでいる関西在住の会社員内田さん(30代後半)は、次のように言います。
「客観的に申し上げると、経済的地位、経済的な所得という意味では、向こう(妻)の方がはるかに多いわけですよね。これは、もう間違いありません。私の倍以上稼いでいるわけです。私の稼ぎなんかなくても、ウチの家計は十分に回っていくんです。まあ今でこそ、社会的地位という意味では、わつぁいの仕事が特殊なこともあって、夫婦間ではそんなに差がないという風に認識されていると思います。そうした状況ではありますが、彼女の方がはるかに社会的にうまくいっていた時期は、素直に複雑な心境がありましたね。」
「妻の社会進出は望ましいと思いますよ。何というか、経済的にその恩恵を受けるのは私でもあるし、素直に言って、望ましいのは望ましいと思うんですよ。やっぱり、嬉しいというか、ありがたいというか。そういう意味では、男性と女性の立場が逆転しているんですよね。」
妻は内田さんの倍以上を稼いでいおり、生活費や教育費に加え、旅行代などの大半を支出しています。しかし、一家の大黒柱たる存在になるのは望んでいません。
「妻は、経済的に自分がメインになっている今の状態に対し、若干違和感を抱いているらしく、自分が大黒柱になりたくないと思っているんですよね。経営者ということもあり、継続的に所得が保証されていないということがあるのかもしれませんが、やっぱり経済的な重荷を背負いたくないと思っています。その意味で、妻は精神的には大黒柱ではないんですよ。」
「女性が(収入面で)メインに立つということが、普通じゃないわけですよね、この国では。」
専業主婦が大半だった昭和時代は、「男たるもの、一家の大黒柱としてバリバリ外で働き、家事育児は妻に任せて、妻子を養う」という価値観が、ごく当たり前でした。平成を超え、令和に移り変わった今も、この価値観が働く女性をも縛っていることがうかがえます。
活躍する妻、自暴自棄な夫
渡辺さん(50代前半)が、離職を余儀なくされ、家事育児全面的に担う専業主夫になるきっかけとなった適応障害の発症は突然訪れました。「いきなり、パーンと弾けた感じ」と振り返るように、周りは全く気付きませんでした。
入院の前年、渡辺さんは初挑戦の選挙だった県議選で落選しました。同じ年、市議2期目の当選を果たした妻は活躍をつづけ、連日忙しく走り回っていました。渡辺さんは、落選から数か月後、参議院秘書となりましたが、議員の要求に的確にこたえられず、叱責や罵倒を繰り返されていました。そのような負の流れが続いていた中で、異変に見舞われるのは、時間の問題だったかもしれません。
あらゆることが積もり、一気に爆発しました。議員秘書兼主夫の兼業主婦から、妻を手伝いながらの主婦に転じた渡辺さんは以降、9年間、家事育児に専念し、政治家の妻を支え続けました。その間、何度も複雑な思いを抱くことになります。
「落選して、色々な経緯で辞職して、自分で自分に、ダメ人間っていうレッテルを貼っていました。落選し、お金を稼げていない、情けない、そいう感情っすね。で、どんどん自分を責めていました。」
「妻はバリバリ、まさにバリバリ働いてました。議会やら視察やら、閉会中審査も頻繁にあり、家の事どころじゃなく忙殺されてました。活躍している妻を横目に、やっぱ悔しくなるわけです。自分も政治家を目指してただけに。で『俺、何やってんだろう』という自責の念、むしゃくしゃ、自暴自棄ですね。とにかく、もう家族にあたりまくってた時期でした。子供の事で必死だったりもしましたし、家の中が殺伐とし始めたんです。」
そんな時、妻から手紙を受け取ります。渡辺さんが過程で見せる態度に対し、「あなたが何を考えているのか分からないのが辛い。このままだと、安心して仕事に行けない」という内容のものです。
「自分が変わらなきゃと思った瞬間、『もう自分はダメだ』みたいなことを考えるのを辞めようと決めました。妻が伸び伸びと大活躍することが、もうハッピーなんじゃないかと。で、子供たちが元気で明るく毎日を過ごしながら、1日1日を歩んでいければ、いいんじゃないかと。そういう風に、頭の中を切り替えられたんですね。それからは、自分がふがいないみたいな感情よりも、『頑張れ』、『いいね』、『ありがとう』みたいな、ポジティブ発想になれたんです。」
そして、9年間特に就職活動をすることもなく、時間が過ぎていっていた渡辺さんの元に突如サプライズが起きます。結党したばかりの政党から突然声をかけられ、衆院選の比例単独候補として出馬し、当選したのです。
主夫から衆議院に転じた渡辺さんと、県議の妻。国会議員と地方議員という関係性で見ると、夫婦の社会的地位が一気にひっくり返ったとも受け取れます。二人の間で、立場を巡る意識のずれが生じたり、実際に上下関係が逆転したりしたことはなかったのでしょうか。
「私は、どこまでも優秀な妻を尊敬していますので、そんなことはなかったですね。」
参考文献:小西一禎著『妻に稼がれる夫のジレンマ』(発売日:2024年1月11日)
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