「体験」を求めて旅をする富裕層
「ラグジュアリートラベル」というと、どんな旅を連想するでしょうか。シャンデリアの輝く豪華な都市ホテルで、ドレスアップした人たちがシャンパン片手に山海の珍味を集めたご馳走に知多つづみを打つイメージでしょうか。
もちろん今も、そうしたスタイルの旅がラグジュアリートラベルの1つであることは事実です。しかし、現代のラグジュアリートラベルのスタイルは多様化し進化しています。
デロイトのラグジュアリーツーリズムに関するレポートによれば、ラグジュアリー観光で求めれられるものとして、「美しくくつろげる環境」「パーソナライズされたサービス」「人生で一度の経験」といった項目に加え、「スリルの探求」「コンフォートゾーンの外」での体験があると指摘しています。
例えば、南アフリカ・サビサンド私営動物保護区にあるラグジュアリーなサファリロッジ、シンギタ エボニー ロッジでは、ライオンを望遠レンズを使わなくてもいいような至近距離で見る体験が出来ます。安全を度外視するのではない、しかし、ゼロリスクは求めないことで「人生で一度の体験」としての「スリルの探求」ができます。アクティビティ中には、茂みに入って用を足すこともあるでしょう。快適ではないけれど、それも体験として受け入れる。「コンフォートゾーンの外」にこそ、本当に面白い世界がある、それこそがラグジュアリーという考え方です。
その土地にしかない自然や文化を求めて、唯一無二の特別な体験を求める旅のかたち。そのためには、多少の身体的な快適性が損なわれてもいとわない。こうしたラグジュアリートラベルの新たなスタイルは、気が付けば、世界の富裕層旅行市場における、一つの大きな潮流になっています。
先にあげたデロイトのレポートによると、2021年のラグジュアリー観光の市場規模は6,380億米ドル(約93兆円)、2030年までの年間成長率は7.6%という予測もあります。
日本ではJNTO(日本政府観光局)が日本のラグジュアリー観光、即ち富裕層旅行(1人あたり1回に消費する旅行金額が100万円以上)の市場規模と概要をまとめています。それによると、富裕層旅行者の多い国であるアメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、オーストラリアの数字から試算したところ、これらの国々で海外旅行をしている人は年間に3億4,100万人。そのうち100万円以上を消費する富裕層旅行者は約1%の340万人。全体の消費額は35.8兆円で、うち富裕層旅行者の消費額は4.7兆円。つまり、全体の約1%でしかない富裕層旅行者が、全体の13.1%を消費しているということです。
日本では、コロナ禍収束以インバウンド需要が劇的に回復している半面、オーバーツーリズムという新たな問題を生んでいます。ラグジュアリー観光のデータは、オーバーツーリズムを回避しつつ、日本の観光産業を拡大していく切り札であることを物語っています。
世界一のホテルになったサファリロッジ
先述した南アフリカのシンギタは、サファリロッジというスタイルが持つ世界観、大自然とともにあるラグジュアリーの突き抜け感等が評価され、2004年、アメリカの二大旅行雑誌『トラベル+レジャー』と『コンデナスト・トラベラー』両誌のランキングで世界一のホテルに選ばれました。
シンギダの創業は1993年です。シンギタ エボニー ロッジがまず開業し、その後シンギタ ボルダーズ ロッジが開業しました。
開業年の1993年は、南アフリカが変革する節目の年でした。1990年に長く投獄されていたネルソン・マンデラがデクラーク大統領により解放されると、アパルトヘイト撤廃に向けて政治が大きく動き始め、1991年、アパルトヘイトの根幹である法律が廃止となりました。長く続いた諸外国からの経済制裁が解除されたのもこの年です。そして1993年、ネルソン・マンデラは、デクラークと共にノーベル平和賞を受賞します。
シンギタの創業者はルーク・ベイルズ。アパルトヘイトが終焉し、長い経済制裁に終止符が打たれ、南アフリカに新しい時代がやってきたことを敏感に察知して、アフリカの観光業に新風を吹き込むラグジュアリーロッジの創業を決意したのでしょう。
シンギタのサファリロッジがあるサビサンドは、シンギタの創業者、ルーク・ベイルズの祖父が購入した土地ですが、元々は狩猟のための土地でした。山崎豊子の小説『沈まぬ太陽』の冒頭に、主人公の恩地がケニアの「狩猟区」で野営しながら狩猟をする場面が描かれていますが、当時のサビサンドもそのような場所でした。
狩猟目的から、自然を保護するサファリへ
シンギタの創業者のルーク・ベイルズは、サビサンド等の土地を狩猟目的で使うのではなく、コンサベーション(保全、保護)の考えに根差したリゾートを開業することを決意します。
「サファリツーリズムはコンサベーションの考え方を広めるために重要な役割を果たすに違いないと思っていたので、私はシンギタ・エルボーロッジを始めたのです。シンギタとは、現地のシャンガーン語で『奇跡の場所』を意味します。私たちの最も重要な目的は、この美しい土地を次世代に向けて保全し、保存し、守っていくことです。」
リゾートの成り立ちそのものが、心地よい空間で気ままに過ごすことではなく、大自然でそのものを体感することであり、野生動物に主眼が置かれています。だからゲストは、野生動物の生態に合わせて早起きし、サファリに参加するのです。プールサイドでのんびりしたり、バーで社交を楽しむことは、あくまでもサファリの合間の息抜きに過ぎません。
現在、シンギタは南アフリカのサビサンド、クルーガー国立公園のほか、ジンバブエのマリラングェ私営保護区、タンザニアのセレンゲティ国立公園に隣接するグルメティ、ルワンダのボルケーノ国立公園など、アフリカ各地の「奇跡の場所」で生物多様性とサステナビリティ、コミュニティの次世代への継承を目指して、15軒のロッジとプライベートヴィラ等を運営しています。
参考文献:山口 由美著『世界の富裕層は旅に何を求めているか 「体験」が拓くラグジュアリー観光』(発売日:2024年4月17日)
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