「格差社会」という言葉は、現代日本を象徴する言葉として、すっかり定着しました。今日では、日本が世界的に見ても格差の大きい方の社会であることが、広く知られるようになっています。
ここでいう格差というのは、経済的地位の違いによっていくつかに区分される、人々の集群のことであり、一般には次の4つの階級に区別されることが多い。
① 資本家階級
経営者・役員など、事業を営んで人を雇う立場にある人々です。創業社長や中小企業のオーナーのように、会社を文字通り所有している場合と、経営者の地位にあるために会社を支配する権限を持っている場合とがあります。資本主義社会における支配的な階級です。
② 労働者階級
資本家階級に雇われて現場で働く人々であり、資本主義社会における被支配階級です。ただし、正規雇用の労働者と非正規雇用の労働者の間には極めて大きな格差があり、しかも今日では非正規雇用の労働者の規模が非常に大きくなっています。ただし、いわゆるパート主婦と、それ以外の非正規労働者では事情が大きく異なります。『女性の階級』では、有配偶女性の非正規労働者をパート主婦、それ以外の非正規労働者をアンダークラスと呼んで区別しています。
③ 旧中間階級
資本家階級と同様に自分で事業を営んでいるが、規模が小さいため、労働者階級と同じように自ら現場で働く人々です。商工農業等を営む自営業がこれにあたります。
④ 新中間階級
労働者階級と同様に資本家階級に雇われているが、管理職や専門職などの立場から同労者を管理したり、事業の運営や設計などを行う人々です。資本家階級と労働者階級の中間に位置する中間的な階級で、資本主義の発展とともに新しく生まれてきた階級なので、新中間階級と呼ばれます。
ただし、所属階級の持つ意味は、実は男性と女性でかなり異なっています。
男性間格差は、もっぱら本人の所属する階級によって決定されます。なぜならほとんどの男性は、その生涯の大部分に渡って職業を持ち続け、したがっていずれかの階級に所属し続けるからです。その所属階級は資産の量や年金の額にも影響するから、引退後の生活をも決定づけます。だから男性は自分の所属階級に影響され続けます。
これに対して女性間格差は、男性間格差よりもはるかに複雑です。もちろん女性間の格差も、本人の所属階級によって決定されてはいます。しかし、それ以外にも重要な要因が3つあります。
① 職業についているかどうか
② 配偶者の有無
③ 配偶者がどの階級に所属しているか
もちろん、このように男性と女性で格差の構造が異なるのは、男性と女性の間に大きな格差があるからであり、男女間格差がなくなれば違いもなくなるはずです。しかし少なくとも現在の日本では、男性と女性の間に大きな格差があります。だから配偶者の有無とその所属階級は、特に女性にとって重要な意味を持ちます。
格差社会と女たち
日本において格差拡大が始まったのは1980年頃であり、その後少なくとも30年以上にわたって格差拡大が続きました。中でも戦後70年一貫して、男女間の賃金格差は規模別賃金格差や産業別賃金格差より大きいのです。
日本の産業には2重構造があり、大企業と中小企業の間に大きな格差があるというのは常識です。また産業分野の間にも賃金格差があり、金融保険業の賃金が高く、小売業の賃金が低いということも、広く知られています。しかし実際には、男女間賃金格差は規模別賃金格差や産業別賃金格差よりはるかに大きく、男女の平等が少なくとも表向きは当然のこととされるようになった今日でも続いています。
近年、確かに男性と女性の間の個人年収の格差は縮小傾向にあります。しかし、働いているかいないか、またどのような形で働いているかを問わず、20歳から69歳までの全ての男性と女性を対象に個人年収の格差を調べると、2015年時点でも男性の年収は女性の2.63倍にも達しているのです。
女性は働き続けることが出来るようになったか
個人年収の男女間格差が近年縮小傾向にある理由は、賃金の格差が縮小してきたことだけでなく、職業を持つ女性の比率が上昇し、収入が全くない女性が減少したことにもあります。以前に比べ、女性が家の外で仕事をもって働くのが容易になったのは事実でしょう。しかし、このことは必ずしも結婚・出産を経てもなお就業を継続する女性が増えたということを意味するわけではありません。
2022年のグラフを見ると、労働力率は20代後半に87.7%とピークを迎えた後低下時始めるものの、底に達する30代後半でも78.9%と8割近くをキープしていることが分かります。しかしこの主な原因は、女性のライフコースが多様化したことです。
1982年当時は、大部分の女性が20歳代の半ばまでに結婚し、間もなく出産を経験し、出産までの間に多くの女性が退職しました。そのため20歳代後半に労働力率が急落していました。しかし今日では、結婚年齢も出産年齢も多様化しています。このため結婚・出産の退職のタイミングが前後に幅広くばらけ、年齢別にみた場合には労働力率の低下が目立たなくなったのです。
『女性の階級』の調査によると、1975年から1984年生まれの女性たちの結婚2年前の就業率は87.9%で高いものの、結婚1年後には49.0%にまで急落します。そして長子出産1年後になると、就業率は33.6%にまで低下します。大半の女性たちが、出産時までに仕事を辞めていることが分かります。
このように就業率を年齢別にみるのではなく、結婚・出産時点を基準にしてみれば、日本の女性たちが依然として、結婚・出産の時期に就業を継続するのが難しい状況に置かれていることが分かります。そして再就職の場合、正規雇用の職に就くことが難しいので、多くの女性たちは低賃金の労働者となります。これでは働く女性の比率が高くなっても、男女間の格差は大きくは縮小しません。
階級間格差と男女間格差
階級間には、収入の格差があります。しかし同じ階級同士を比較しても、男性の収入は明らかに女性より多いのです。実際には、どのくらいの格差があるのでしょうか。
まず各階級の構成比は、男女合計で労働者階級が61.9%と最も多く、新中間階級が22.8%で続き、旧中間階級は11.8%、資本家階級は3.5%となっています。男女別にみると、資本家階級の比率は男性が4.5%と女性の約2倍となっており、新中間階級と旧中間階級の比率も男性の方が高い。これに対して労働者階級の比率は、女性が71.6%で、男性より17%ほど高くなっています。労働者階級の内訳をみると、男性では全体の7割以上が正規労働者階級であるのに対し、女性は正規雇用が4割以下、非正規雇用、特に既婚女性のいわゆるパート主婦が多くなっています。
次に個人収入について、男女合計で最も年収が多いのは資本家階級604.4万円、2番目に多いのは新中間階級で499.2万円、正規雇用の労働者階級が369.8万円、旧中間階級が302.9万円、そしてアンダークラスは186.5万円となっています。男女別にみると、労働者階級では男女間格差が比較的小さいが、それでも正規同労者階級で1.44倍、アンダークラスで1.30倍もの格差があります。新中間階級は1.76倍、さらに格差が大きいのが資本家階級と旧中間階級で、資本家階級では2.64倍、旧中間階級も2.20倍となっています。
特に女性資本家階級の18.2%、女性旧中間階級の39.4%は、個人年収が100万円を下回っています。形の上では役員や共同経営者でありながら、実質的には無報酬、あるいは極めて低報酬の女性たちが多いということです。
このように男性と女性は、同じ階級に所属していても個人年収の水準が全く異なるのです。
参考文献:橋本 健二著『女性の階級』(発売日:2024年4月17日)
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