2022年に行われた三大都市調査では、格差に対する意識についての設問を数を多く設けており、そのテーマは大きく3つに分けられます。第一は、現実に存在する格差についての現状認識、第二に、いわゆる「自己責任論」に対する評価、そして第三に、格差を縮小するための所得再分配政策に対する評価、です。
この調査結果を総括すると、次のことが見えてきます。
男性では、資本家階級のように有利な位置にある人々は、貧しくなるのも豊かになるのも自己責任であり、したがって自分が豊かなのは努力の結果であって当然のことだと考えています。新中間階級と正規労働者階級も、かなりの程度、同様に考えています。これに対してアンダークラスのように不利な立場にある人々は、貧富の差は自己責任ではなく、したがって自分の貧しさは自分の責任ではなく、社会の側に問題があるのだと考えます。これに対し女性は、アンダークラスのような不利な位置にある人々はもちろんのこと、資本家階級のように有利な位置にある人々もある程度まで、貧富の差は自己責任ではないと考えるのです。
一方で、所得再分配政策に対する評価を問う、「政府は豊かな人からの税金を増やしてでも、恵まれない人への福祉を充実させるべきだ」と「理由はともかく生活に困っている人がいたら、国が面倒を見るべきだ」では、階級による違いが前面に出ます。つまり、男女を問わず、有利な位置にある資本家階級と新中間階級は所得再分配を支持しない傾向があり、不利な位置にあるアンダークラスは、所得再分配を支持する傾向があります。しかし、詳細に検討すると、女性と男性には違いも認められます。
男性が所得再分配に消極的であるのに対して、女性は所得再分配にやや積極的です。資本家階級は男女とも消極的、アンダークラスと旧中間階級は男女とも積極的で、性別による差が小さい。このためやはり、男性の内部には所得再分配をめぐって意見の鋭い対立があるのに対し、女性では資本家階級は別として、所得再分配に対してある程度までの合意が形成される余地があると言えます。
以上をまとめると、全体として男性は女性と比べて、現在の日本の格差は大きすぎるとは考えず、貧富の格差は自己責任であり、所得再分配によって是正することは必要ないと考える傾向、あえて言えば新自由主義的傾向が強いのですが、その内部には階級による違いがあります。有利な位置にある階級の男性たちは、資本家階級や新中間階級だけではなく正規労働者階級も含めて、こうした新自由主義的傾向が明確です。これに対して不利な位置にある階級、つまりアンダークラスと旧中間階級の男性たちは、女性達ほどではないとしても、現在の日本の格差は大きすぎると考え、貧富の格差は自己責任ではないと考えます。そして女性達と同等あるいはそれ以上に、所得再分配による是正が必要だと考えます。つまり新自由主義を否定する傾向が強いのです。
有利な位置にある人々が、格差は当然であり格差是正は必要ないと考える一方、不利な立場にある人々が、格差は大きすぎであり是正の必要があると考えるとすれば、両者間に対話や妥協が生まれる余地はありません。それぞれは自分の利害を前提に格差の現状を評価し、是正の必要の有無を判断しているからです。そして格差が拡大すればするほど両者の対立は深まるでしょう。
格差拡大が、様々な社会的弊害をもたらしていることは、既に広く知られています。貧困層の増大、子どもの貧困と教育を受けるチャンスの不平等、健康と命の格差、若者の貧困化によって引き起こされる未婚化と少子化、社会保障支出の増大と財政危機など、いずれも重大な問題ばかりです。しかし男性たち内部のこうした対立を見ると、格差の縮小や貧困の解消に向けて社会的合意を形成することは、絶望的に困難なように思われます。
救いは女性です。確かに女性たちの間には、本人の所属階級、配偶者の有無と配偶者の所属階級による大きな格差があり、そして意識の違いがあります。しかし全体としてみれば、男性よりは格差の現状に批判的であり、自己責任論には否定的で、しかも階級による立場の違いが小さい。そして所得の再分配による格差の是正についても、一部を除けば階級による違いが小さく、階級を超えて支持する傾向が認められるのです。
日本社会を危機から救うのは、格差と闘う女性達です。女性達を中心にし、その周辺に弱者階級の男性たちが結集した、一つの大きな社会的な力を形成することが必要です。社会的な力といっても、はっきりした組織である必要はありません。女性たちが社会的に発言し、政治に参加する機会を拡大して、緩やかな合意を広めていけばいい。これまでの男性による支配を許し、社会的に無力で、政治から疎外されがちだった女性達が有権者として政治に参加するようになれば、状況は変わるでしょう。それ以外に、日本社会を危機から救う方法はありません。
参考文献:橋本 健二著『女性の階級』(発売日:2024年4月17日)
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