2011年という転機
これまで日本で平穏に暮らしていた人が、何らかの不安を感じて海外移住を検討するケースは増えており、特に東日本大震災以降、海外移住の動機として顕著に表れています。
震災直後には放射能や更なる震災への懸念から、子育て世代の中間層や富裕層を中心に日本の海外移住が急増しました。震災から10年以上たった現在では、放射能リスクへの不安そのものは、海外移住の直接の動機にはなっていません。しかし、まだほかにも様々なリスクがあると考え、海外移住をする人たちがいます。日本人移住者たちは、どのようなことをリスクと評価し、海外移住を考え、実行しているのでしょうか。
安全保障リスク
移住した人、特に息子を持つ人たちの中には、「将来、日本が戦争に巻き込まれるのではないか」「子供が徴兵される時代が来るのではないか」という不安を抱ええる人たちがいます。
2022年2月にロシアがウクライナを侵攻したことや、台湾有事の切迫性についての報道が増えてきたこと、そして北朝鮮のミサイルでJアラートが発動する回数が増えている中、安全保障上の懸念はこれまで以上に高まっている可能性があります。こうした「有事に備えたいから」という理由で永住権の問い合わせをする人は、実は多いのです。
長期的な経済リスク
海外畏友の最も大きな動機は、日本の長期的な経済リスクです。日本の財政破綻や少子高齢化の進展による年金制度の持続が困難になること等を含む経済リスクが、生活の質よりも大きく海外移住思考に影響しています。
海外移住を「資産のリスク分散」として捉えている投資家や経営者たちも多い。事業の長期的な持続性を担保するために、会社や資産を1か所だけに置かず、複数の国に分散させることでリスクを回避しようとする戦略です。
リスク回避としての教育移住
子育て世代の日本人が海外移住を決断する際、「子供の教育」が大きな比重を占めています。
教育移住の背景には、英語による多文化環境での教育を通じて、子どもに高い語学力や学力を身に着けさせ、子どもの社会的・経済的な成功につなげたいという親の希望があります。自分の子供が成人して働くころには、これまでのように日本に住んで、日本語のみで教育を受け、日本語しか話せなくても豊かな生活を送れる時代ではなくなっているのではないか、と感じる親たちが増えてきています。少子高齢化や円安が進み、大幅な経済成長の可能性が狭まる中で、日本の抱える長期的な経済リスクから子供を守りたいと考える親が増えているのです。
ただ、子どもにグローバルな選択肢を与え、将来の経済リスクを回避させるために、必ずしも海外移住が必要というわけではありません。日本でも英語は学べるし、経済的なハードルは高いですが、国内のインターナショナル・スクールに入れて英語で教育をうけさせるという選択肢もあります。
個性の尊重
日本の教育を「抑圧的」だと感じたり、「試験重視」が問題だと考えたりする海外移住者が多いことも明らかになっています。
筆者がインタビューした豪州やカナダ在住の親たちは、語学力だけではなく、子どもが自分らしくのびのびと、自信をもって生きられる環境を求めていました。子供の個性を尊重し、能力を伸ばしてくれる学校を望んでいる親は多いのです。
グローバル・コンピテンシー
こうして教育を目的に移住する人々も、全員が日本の教育に不満というわけではありません。その質の高さも良く理解しており、「日本の教育にも良いところがある」という言葉は、頻繁に聞かれます。中華圏を除く海外の国々では、日本から移住した子供が、算数・理科ですぐトップに近い成績を取れることが知られています。この背景には、日本の教育の質の高さがあります。実際、OECDの学習到達度調査(PISA)の結果を見ても、日本の教育レベルは、先進国の中でも上位グループに属しています。
一方で、「グローバル・コンピテンシー」を身に付けることも重要であるとされています。「自分の力で考える力」、「自分の考えを伝える力」、そして「多様な人たちと理解し合い、共同できる能力」です。これからの世界を生きる子供たちにとって、このような資質や能力が必要だという認識が、世界の中で高まっているのです。
退職者移住と介護移住
少子高齢化による財源不足や医師、看護師、介護士などの不足が既に大きな問題となっている中、10年後、20年後の日本が現在の医療制度及び社会保障制度を維持できない可能性があり、それをリスクだと考える人々がいます。日本における高齢者福祉や年金制度の先行きを不安に感じている人々は少なくありません。
東南アジアに移住し、現地のヘルパーや知人のサポートを得ながら、海外で高齢の親や配偶者の介護をしたり、自身が介護を受けたりしている日本人たちは実際に存在します。一方、介護移住や退職移住は、近年、各国における政策の変化や円安の影響で、難しくなりつつあります。
参考文献:大石 奈々 (著)『流出する日本人―海外移住の光と影』(発売日:2024年3月18日)
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