日本経済は、長期停滞に陥ったために円安がもたらされたのではなく、意図的な円安政策が日本病をもたらしました。日本病が始まったのは1990年代中ごろ以降から。それからすでに30年近くたちます。これは根深い問題で、簡単に解決できるものではありません。
中国の工業化で鉄鋼業と化学工業が打撃を受ける
戦後日本の高度成長をけん引したのは、製造業です。特に鉄鋼業、化学工業などの装置産業(重厚長大産業)、そして自動車や電気機器製造業です。ところが、1980年代に中国の工業化で状況が一変します。中国が、それまでの鎖国的な社会主義経済から改革開放路線に転換し、安い豊富な労働力を使って安価な工業製品を製造し、それを世界市場に輸出し始めたからです。
特に製鉄業と石油化学という2つの装置産業において、日本の産業が行き詰まりました。造船業も、韓国に押されて不調に陥りました。このような装置産業に大きく依存する瀬戸内工業地帯や室蘭、釜石などの企業城下町で、地域経済の不況が深刻になりました。
こうした中国工業化に対して本来行われるべき対応は、新しい産業を作り、新しい産業構造に転換することでした。そして、中国との差別化を図ること、中国ではできないものを作ることでした。しかし、それは産業構造の大転換が必要で、失業や社会的不安をもたらします。
そこで日本が取ったのが、円安政策でした。円安になれば、日本の労働者の賃金はドル表示で見れば安くなり、それによって製品コストの面で中国と対抗できるからです。つまり、日本の労働力を安売りすることによって、従来の製造業を中心とした産業構造を残そうとしました。
2003年、大規模な円安政策が始まる
大規模な円安介入が行われたのは、2000年代になってから。この背景は、円高が進んだことです。
為替レートは、2002年初めの1ドル=130円台から、2003年初めには110円台にまで上昇し、更に100円に近づきました。政府・日銀は、これを危機的な状況と捉え、2003年1月から頻繁なドル買いを開始し、2004年3月までの介入総額は35兆円以上に達しました。これにより円高の進行は止まり、為替レートは円安に転じ、重厚長大産業は息を吹き返しました。
円安は麻薬
円安になれば、企業にとっては円建ての売上が増加します。そのため、企業は格別の努力なしに、利益を増加できます。そうであれば、人減らしや合理化投資を行う必要も、新しい技術を開発する必要も、新しいビジネスモデルを探求する必要もありません。旧態依然たるビジネスを続けていればいいのです。この意味で、円安は「麻薬」だということが出来ます。このようなことが30年間も続いたために、企業の体力が低下し、「日本病」から立ち直れなくなったのです。
ファブレス化に対応できなかった日本の電機産業
電気機器・情報通信機器製造業は、1970年代の後半から、日本の製造業の中で最大の売上高を記録するようになりました。1980年代に装置産業が不況に陥っても、この業種は成長を続けます。しかし、2000年頃から大きな変化が生じます。
2003年4月には「ソニー・ショック」、2011年には、三洋電機がパナソニックの完全子会社となり、2016年には、シャープが台湾の鴻海精密工業傘下の企業となりました。このようになったのは、1990年代から世界で進行していた大きな変化への対処を怠ったためです。
その変化とは、第一はIT革命です。1995年ごろからインターネットの利用が広がり、データのデジタル化が進みましたが、日本のエレクトロニクス・メーカーは、従来型製品の生産から脱却できませんでした。
第二は、世界の製造業で「水平分業」への移行が進んだことです。その典型がアップルです。アメリカの製造業では、製造工程を外部委託し、自らは開発・設計と販売に集中する「ファブレス」という「工場のない製造業」が登場しました。その中で日本は、垂直統合型の巨大工場が必要だとの意見が強く、「ファブレス化」とは逆の動きをしました。
競争力の低下で、経常収支が恒常的に赤字となる危機
2022年4-9月の貿易収支は、約11兆円の赤字となり、年度半期ベースで過去最大となりました。そして、2022年の年間貿易赤字は19兆9,713億円となりました。
貿易赤字を拡大させたのは、次の3つの要因です。
① 資源価格の高騰
② 円安
③ 日本経済の構造変化
2004年から2021年までの変化を要約すれば、電気機器の貿易黒字縮小等による日本の貿易収支の減少が756億ドル、それに加えて、鉱物性燃料収支の赤字額の増加が496億ドルで、ドル建ての貿易収支が合計1,252億ドル悪化しました。さらに、円安の影響で、円建ての貿易赤字が拡大しました。
鉱物性燃料の価格は低下する可能性がありますが(要因①)、為替レート(要因②)や、構造的要因による変化(要因③)を元に戻すことは、非常に難しいと考えられます。
ところで、日本は、サービス収支が360億程度の赤字、第一次所得収支が年間1,820億ドル程度の黒字です。そのため、仮に貿易収支が1,500億ドル赤字になると、経常収支が40億ドルの赤字になります。そう簡単に日本の経常収支が赤字になることはありませんが、資源価格の動向によっては起こりうることです。
経常収支が赤字になれば、その分を外国からの借り入れによって埋め合わせる必要があります。すると対外純資産が減り、所得収支も減ってしまうという悪循環が始まり、日本経済が深刻な問題を抱える危険があります。
参考文献:野口 悠紀雄著 『日銀の責任 低金利日本からの脱却』(発売日:2023年4月27日)
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