日本人の海外移住への関心が高まっています。外務省の『海外在留邦人数調査統計』によると、2023年時点で海外に在住している日本国籍者の数は、1,294,000人。2020年以降、コロナ禍等の影響で長期滞在者は減少しているものの、永住者は増え続け、2023年には約575,000人と、調査開始以降、最多を記録しました。こうした状況は、日本人の「海外流出」ともいわれ、話題になっています。
日本人の海外移住には、留学、ワーキングホリデー、海外駐在、技能ビザでの就労、国際結婚、教育移住、退職移住など多様な形があり、それぞれ異なる特徴や課題があります。短期や長期、永住を視野に入れている場合やそうでない場合など、その意図も様々です。また、日本人は世界の200を超える国・地域に居住しており、それぞれの場所によって経験は異なります。
多くの日本人が海外に移住している背景にある要因は何なのでしょうか。移住者たちは何を目指し、どのように移住先・就労先の国や地域を決めているのでしょうか。また移住後にはどのような壁に直面しているのでしょうか。永住権や国籍を取得することでどのように生活が変わるでしょうか。そして、日本人永住者が増えているという事実は、日本におけるどのような変化を意味しているのでしょうか。
人口減少の影で
日本における人口減少が、近年その深刻さを増しています。日本の総人口は2008年にピークとなり、2011年以降連続して減少しています。総務省の人口推計によると2023年(7月時点)の総人口は1億2,451万人で、前年同月と比べて608,000人のマイナスとなりました。この数字は外国人の流入も含んでおり、日本人の人口だけでいえば、前年同月から822,000人の減少となります。これは1年で大都市が1つ消滅しているという計算です。
これまで人口減少は、出生数の低下と死亡数の上昇という少子高齢化の文脈のみによって語られてきました。しかし日本人の海外移住も人口減少を考えるうえで重要な要素の一つです。この総務省の推計によれば、2005年から2022年の人口増減のうち、日本人の海外移住による減少数は521,000人でした。無視できない数字ではないでしょうか。
前述の通り、2023年時点で海外に在住している日本国籍者の数は、1,294,000人います。このうち最も多く滞在しているのは米国で414,615人。次いで中国101,786人、豪州99,830人、カナダ75,121人、タイ72,308人が続きます。日本人が永住先として選ぶ国として最も人気が高いのもやはり米国で、20万人以上の日本人の永住者がいます。
ジェンダー的側面
日本から海外への移住者は、全体的に女性が多い。1998年まではほとんどの都市で男性の方が多かったが、1999年以降は女性が男性が上回るようになり、2023年10月1日時点で全体の53.7%が女性でした。
長期滞在者に関しては、企業の駐在者における男性比率が高いことを反映してか、男性の方が多い(53.2%)ですが、永住者に関しては女性が多い傾向が続いています(62.3%)。この理由は、留学やワーキングホリデーなどで滞在中に、現地でパートナーを得て国際結婚をする女性、また永住を視野に海外で職を得て働く女性たちが多いことが指摘されています。
高い賃金が目的か
ギャラップ社の2022年国際比較データによると、日本人の大卒者で海外への永住を希望する割合は25.4%で、米国(17.5%)やドイツ(10.2%)、フランス(12.5%)等の先進国と比べても高い。中国とインドは、それぞれ3.0%と12.0%で、日本の海外移住思考は、こうした新興国と比べても高いと言えます。
このように海外移住思考が強まっている要因として、多くのメディアが海外における「賃金の高さ」を挙げています。特に急激な円安が進んだ2022年以降、テレビや雑誌などのメディアがこぞって「日本人の海外出稼ぎ」について報道するようになりました。米国で寿司職人になり年収8,000万円を稼ぐ人、豪州の農場労働者として月収50万円を稼ぐ若者についてなどの報道が増え、海外で働く日本人への注目がにわかに高まりました。
確かに、日本の平均賃金はG7では最も低く、OECD加盟国の平均も下回るようになり、他の先進国で得られる賃金が、相対的に高くなっていることは事実です。しかし、最近の海外移住が賃金格差だけによるものであるとは言い切れません。
もちろん、中には高賃金を目的に来ている人達がいるのも事実で、そうした人が増えてきたという話はあります。しかし「仕事が見つからない」「貯金が出来ない」という声はSNS上に溢れておりそういった情報がある中でもなお高賃金だけを目的として渡航している若者が多数派を占めているのかは疑問です。
デジタルノマドの出現
近年海外移住が拡大してきた背景として、「働き方」の変化が挙げられます。情報通信技術の進展によって、物理的な場所や時間に縛られず、移動しながら仕事も余暇も楽しむ新しいライフスタイルが生まれています。こうした生き方を体現する人々を「デジタルノマド」と呼びます。デジタルノマドの中には電子機器の発達とインターネットの普及によって、国内を移動するだけでなく、国境を超え、海外で働く者たちも増えています。
2022年時点で、デジタルノマドは世界に約3,500万人いるとされています。男女比は半々で、30代が最も多く、約7割が大卒以上です。起業家・事業者が約8割ですが、会社員も約2割います。
富裕層の海外移住
日本の富裕層や経営者の中には、かなり以前から節税目的で、海外での永住権を取得していた人々がいましたが、2011年の東日本大震災後、その傾向に拍車がかかるようになりました。
ただ、2011年以降の富裕層・起業家の海外流出は、単なる「リスク分散」だけではなく、節税という側面も大きかった。いわゆる「武富士事件」の影響です。2005年に、消費者金融の大手、武富士の創業者から香港を居住地としていた長男への贈与に関連して約1,330億円の追徴課税がなされました。しかし、当時の相続税法では、海外居住者への試算贈与は非課税とされていたため訴訟となり、2011年に原告の勝訴が確定しました。その結果、国税庁は還付加算金を上乗せした約2,000億円を還付することとなりました。この「武富士事件」を巡る判決の後、政府による富裕層への監視の目が厳しくなったのです。
2012年度の税制改正で、海外に5,000万円を超える資産を持つ人には税務署への報告が義務付けられ、2015年7月からは1億円超の有価証券を保有する人が海外移住する際に15.315%の出国税が課税されるようになりました。未売却の株に対しても課税される制度であることから、出国税が導入された2015年7月まで、日本人富裕層によるシンガポールや香港への移住ラッシュが起きました。
日本人の富裕層の海外移住は、現在でも続いています。要因は、やはり税制です。海外からの投資を誘致すべく、多くの国々が新しいビザ制度や税制を整えつつあるからです。所得税、住民税、相続税、贈与税、キャピタルゲイン税がない国々もあり、富裕層や起業家にとっての魅力は大きい。
日本は所得税、住民税、相続税、贈与税、キャピタルゲイン税の全てが揃っていることに加え、所得税も最高税率は45%、相続税に関しては最高55%と、世界でトップクラスです。特に富裕層は、相続税の支払いのために資産の売却などを強いられることもあります。日本における少子高齢化が加速するにつれ、長期的な増税の可能性への危機感が増えています。
参考文献:大石 奈々 (著)『流出する日本人―海外移住の光と影』(発売日:2024年3月18日)
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