2021年の末、「生涯未婚率」の急上昇が、日本のメディアを騒がせました。2020年の国勢調査の結果が公表され、日本人男性の28.3%、女性の17.9%が生涯未婚であるという報道です。今後、男性の約3割弱、女性の約2割弱が、結婚せずに人生を終える実態を、内閣府の「少子化社会対策白書」が提示したのです。(なお「生涯未婚率」とは、50歳時点で「未婚」の人達の割合です。)
親子密着型同居スタイルの功罪
そもそも現代人は、「独身」である期間が、親世代や祖父母世代に比べて、圧倒的に伸びました。「結婚しないまま人生を終える人」以外にも、「40歳近くまで結婚しない人」「結婚したけれど、離婚して独身に戻った人」「結婚したけれど、配偶者に先立たれた人」も増加したのです。その理由の一端が、日本人の長寿化にあります。
1950年頃、男性の平均寿命は約60歳でしたので、年金受給前に約半分の男性が亡くなっていました。今のような年金財政破綻の心配がないと同時に、その娘・息子も、「万が一結婚出来なかったら、親にパラサイトしよう」等とは思わなかったはずです。むしろ「早く結婚しなくては、自分はひとりぼっちになってしまう」という、生活の経済的基盤と心の拠り所を失う焦燥感の方が強かったはずです。それが「皆婚」時代の昭和と、「離婚社会」の平成、「結婚不要社会」の令和との最大の違いです。
今や結婚しないまま30代、40代、50代になっても、実家に同居することは可能です。親が60代、70代、80代になっても健康であることも多くなりました。自らは結婚せず「未婚」を選んでも、家に帰れば家族がいる安心感、これは大きいものです。あるいは一度結婚したものの「離婚」になった場合も、「実家に戻る」選択肢があります。日本では、若年で離婚した女性の約半数が実家に戻るという報告もあります。
実家に戻れば「家族」がいる安心感。そしてそれを許してきた親世代という構図が、社会のセーフティネットの欠損部分を補い機能し続けていることこそが、日本の「未婚社会」を下支えしている大きな要因となっています。
「晩婚」から「未婚」そして「おひとりさま」へ
日本人の「平均初婚年齢」は、年々上がっています。1975年には男性は27.0歳、女性は24.7歳でした。それが2022年には、男性31.1歳、女性29.7歳になり、今では男女ともに約30歳です。
2000年に入った頃から、「30代には結婚するだろう」と考えてきた若者たちが、もはや「若者」ではなくなり「壮年」になり、「中年」に差し掛かってもなお「独身」でい続ける人が増え始めました。「今は結婚する気がないけれど、いずれはしたいと思っている」と本人も思い、周囲もそう思ってきた人たちが、「もしかしたら生涯結婚しないのかも・・・」と気づく瞬間。このあたりから「晩婚」といういい方はなりを潜め、「未婚」という言葉がメディアを踊るようになりました。
その頃話題になったのが、フェミニスト・社会学者の上野千鶴子さんによって広まった「おひとりさま」概念です。それまで肩身狭く生きてきた独身者、未婚者、離婚者たちが、「何も卑下することはない」「胸を張って生きていいんだ」と背中を押されたわけです。「未婚」「離婚」が、「自由」「自主自立」と言ったポジティブイメージとして装いを新たにしたことも大きかった。そして「未婚」も、人生の1つの在り方であり選択であることが、日本社会で認知されていきました。
「おひとりさま」と「パラサイト・シングル」を分けるもの
「おひとりさま」として人生を謳歌するには、精神的自立と経済的自立が不可欠です。一人の人間として生活でき、なおかつ自分の稼げる範囲で旅行をしたり、趣味を楽しんだりできる経済的自立がある女性、更に「自分1人の時間」を楽しめる精神的自立が、「おひとりさま」の核をなすものです。しかし、現代の世の中でも「経済的自立」をし、「おひとりさま」生活を謳歌できるのは、一部の女性に限定されていると言えるでしょう。
2000年代に入り非正規雇用者が増えていきましたが、2022年時点で15~64歳の就業率は78.4%で、女性は72.4%ですが、その「働く女性」の5割以上が、非正規雇用者です。
非正規雇用者の平均年収は決して高くありません。国税庁の「民間給与実態統計調査」(令和3年版)によると、非正規雇用者全体の平均年収は198万円。このうち男性は平均年収267万円に対し、女性の非正規雇用者の平均年収は162万円です。
1986年に施行された男女雇用機会均等法で、正社員として働く女性は増え「おひとりさま」人生を選択できる女性は増えました。しかし、同時に雇用が不安定な非正規雇用者も、これ以降増加していくのです。
男性の非正規雇用者は、「自分の所得では妻子を養うことは出来ない」と自信と希望を失い、女性の非正規雇用者は、「夫は正社員でないと、将来において生活がままならない」実感を強め、より人生が豊かになる「結婚」でなければ、しない方がマシだと思うようになりました。結果として、「未婚」状態に置かれる若者が増大していったのです。
未婚が示す経済的な社会課題
「おひとりさま」は、精神的自立と経済的自立が不可欠ですが、それらの1つまたは両方が得られず、精神的基盤と経済的基盤の多くを親に依存して生活している人たちを、『パラサイト難婚社会 』では「パラサイト・シングル」と言っています。この状態を可能にしたのは、主に団塊の世代を中心とした親世代に「経済的ゆとり」と、わが子に対する「献身的愛情」です。本来自立すべき成人後も、「あともう少し家にいていいよ」と、自宅に住む(寄生する)ことを許してしまったのです。
「あと少し、家にいていいよ」「今は不況だから、独身も仕方ないね」と温かい目で見守ってきた子世代が今、壮年となり、中年となり、大量の「未婚者」になっています。厳密に言えば、「壮年親同居未婚者」です。最近では「子供部屋おじさん」「子供部屋おばさん」という言葉まで生まれています。
同時に日本では、大量の「引きこもり」も存在します。内閣府が2022年11月に行った調査によると、「趣味の幼児の時だけ外出する」「自室からほとんど出ない」状態が6カ月以上続いている「引きこもり」状態の人(15~64歳まで)は、推計146万人もいる実態があります。
格差社会の縮図となる結婚
厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所が、18~34歳の未婚者に実施した調査によると、男性未婚者の81.4%、女性未婚者の84.3%が「いずれ結婚するつもり」と答えています。彼らは自ら未婚を選んでいるわけではなく、結果的に未婚になってしまっているのです。この母数には既婚者が含まれていないので、結婚した同年齢の人数を加えれば、今でも9割以上の若者が結婚を望んだということになります。適当な相手が見つかり、結婚する必要性を実感すれば、そして結婚資金・生活資金が十分にあれば、彼らはいつでも結婚したいのです。でも、その状況がなかなか手に入らない。だから結婚しない。それが、日本の「未婚社会」の実態です。
「未婚者」の内訳を、男女別・学歴別にみてみると、意外な事実が判明します。男性の場合、「大卒以上」の学歴者は結婚しやすく、最終学歴が高卒以下では結婚しにくい。これは案外、想像しやすいかもしれません。ところが、女性は異なります。女性で結婚しやすいのは「短大・高専」出身者か「高卒」。大卒以上になると、結婚しにくくなる事実があります。ただしその差は、30年前に比べれば相当縮まっています。
だからと言って、婚活市場であぶれがちな「高卒以下男性」と「大卒以上女性」をマッチングすればうまくいくかと言えば、残念ながらそうではありません。両者の時間の過ごし方や人生の価値観など、一致しない可能性が高いからです。読む本や娯楽時間の過ごし方、ファッションや描く家庭像においても、互いのビジョンは異なる確率が高い。それは格差社会が進んだ日本社会における宿命ともいえるでしょう。
高学歴の若者は、同じく高学歴の親の元、両親が周到に用意した生育環境で育っています。幼い頃から多様な習い事や塾通いを重ね、私立中学・高校、場合によっては私立小学校からエリートコースを歩んできた若者と、低所得の過程の子が育ってきた環境や価値観、趣味は、おそらくかなり異なっているはずです。それぞれの生育環境が固定化され、世代を超えて受け継がれている社会が、現代日本の「格差社会」の本質です。日本人はまさに、富める者と貧しい者との二極化・固定化社会を生きており、その縮図が婚活現場において現れているのです。
参考文献:山田 昌弘著『パラサイト難婚社会 』(発売日:2024年2月13日)
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