東京都心から電車とバスを乗り継いで1時間半、埼玉県比企郡鳩山町の東部に、鳩山ニュータウンがあります。1971年に開発が始まったこのニュータウンには約3,000戸の住宅が建ち、最盛期には約1万人が暮らしました。しかしそれも今も昔。現在の人口は約6,600万人まで落ち込んでおり、人口の減少は止まらず、住む人がいなくなって放置された空き家が増え続けています。街の高齢化率は56%に達し、街を出ていった子供たちもほとんど帰ってきません。
ここに住む人の大半は、かつて都心の職場に勤めるサラリーマンでした。年功序列と終身雇用に加え、国全体が経済成長を遂げる只中にあって給料はこれから先も上がり続けることが約束された時代です。30年ローンを組んでも余裕をもって返せる見込みがありました。通勤が可能な距離で子育てにも向いた環境を求め、彼らはニュータウンに家を買いました。
戦後日本で「住宅すごろく」が生まれた背景
空き家問題は鳩山だけで起きている事象ではありません。全国のニュータウンが今、同様の苦境にあります。なぜ大都市の近郊にありながら著しい高齢化と人口減少、空き家の増加に悩まされでるのしょうか。その背景には「住宅すごろく」と呼ぶべき日本人の住まいへの価値観が変わってしまったことにあります。
日本で出生率がピークを迎えたのが1947~1949年、第一次ベビーブーム、団塊世代です。彼らが就労年齢に達した頃、社会は高度経済成長の只中にありました。産業構造の変化により都市部で多くの仕事が生まれ、これにより若者たちが都市に流入しました。しかし、戦火で多くの家が失われたこともあり、受け入れる都市の側で深刻な住宅不足に陥ります。
増え続ける人口を吸収するために編み出されたのが、一度に大量の住宅を提供できる団地であり、ニュータウンでした。日本初の大規模ニュータウンである千里ニュータウン(大阪府吹田市、豊中市)は、1961年に着工し、翌年には入居が始まりました。都市部に出てきた若者は、安定した生活を送れるようになると家庭を築きます。1960年代の生涯未婚率は男女ともに1~2%台と、現代からすると驚異的な数字です。こうして多くの核家族が発生します。
ここで重要なのは、団塊の世代はライフステージに合わせて家を住み替えたことです。若い頃は賃貸アパート、結婚したら賃貸マンションから分譲マンション、子どもが出来たら庭付き一戸建て。それも手狭な都市部ではなく、広くて済みやすい郊外に家を求めます。誰もが一国一城の主を目指した団塊世代の持ち家率は86.2%に上ります。1973年、こうした風潮を評して、建築家の上田篤が「住宅すごろく」という造語を生み出しました。
国も住宅の購入を後押ししました。住宅政策では家を買おうとする中間層に対する支援が中心におかれ、中でも新築は税制の面で優遇されました。同時に、都市部では長らく地価が上がり続けていたため、住宅の購入は資産形成の一環でもありました。大まかに言えば、日本人の「新築信仰」「持ち家信仰」はこうして完成しました。この頃から現在に至るまで持ち家率は60%前後で推移しています。
都市近郊に持ち家を買い求める人は増え続け、1960年には560万人だった郊外の人口は、1970年には1,068万人と、わずか10年で倍近くに膨れ上がりました。ニュータウンが開発ピークを迎えたのも1970年前後です。ライフステージに合わせた住み替えゆえに、入居してくるのは似たような経歴を持った同じような家族構成の同世代が中心になります。都心まで片道1時間半かけて通勤する父親と専業主婦の母親、子どもが2人。昭和の日本の「標準的」な家族が夢のマイホームに暮らす、住宅すごろくの上がりの街、それがニュータウンでした。
世代交代が進まなかった街
1990年代から実質賃金はほぼ横ばいが続く中で、父親だけの稼ぎでは心もとない。女性の社会進出も進み、1980年代には1,100万世帯だった専業主婦世帯は539万世帯まで減りました。共働きで子育てをしながら毎日片道1時間半かけて都心まで通勤するのはかなり厳しい。
親世代とまるで異なるライフスタイルはこの街には向きません。次世代は住まず、同時期に入居した第一世代は一斉に老いる。これこそがニュータウンが抱える問題の根本的理由です。明治大学の野澤教授の試算によると、5戸に1戸以上が空き家となるエリアのある住宅団地が、2030年には1都3県だけでも1,383か所に上るとみられています。
止まらない新築供給、育たない中古市場
国を挙げた住宅不足解消の施策が実を結び、日本の総世帯数を総住宅数が上回ったのは1968年の事です。ところがその後も住宅の新規供給は止まらず、2018年時点で総世帯数5,400万世帯に対し総住宅数は6,241万戸。約800万戸も家が余った住宅過剰社会になっています。
年間の新規住宅着工件数はオイルショックやバブル崩壊、リーマンショックなどを経て段階的に減りつつありますが、2022年の1年間で新たに859,529戸が着工しました。
一方で、国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2020年に1億2,615万人だった人口は2045年には1億880万人まで減少します。既にピークは過ぎて人口減少の局面に入っており、長期的にこの傾向は続きます。総世帯数は2023年まで増加を続け5,419万世帯でピークを迎え、2030年には5,348万世帯になると推計されています。
野村総合研究所による予測では、2033年の総住宅数は7,107万戸となっています。そしてこの頃には空き家の数は2,147万戸に達するとも予測されています。
その上、日本は全住宅の流通量に占める中古住宅のシェアが他国と比べて驚くほど低い。アメリカでは83.1%、イギリスは88.1%、フランスは66.9%のところ、日本は14.7%にとどまります。
すごろくの上がりの先
2025年には団塊の世代が全て後期高齢者となり、2030年以降は毎年160万人以上が死亡するとされる多死社会が訪れます。そして亡くなった人の数だけ相続が発生します。しかし、団塊ジュニアたちにとっては、実家を相続したところですでに住む場所があり、今更戻る理由はありません。そうして生まれるのが、「なんとなく空き家」です。
住宅すごろくは、人口が増え続け、経済が拡大の一途をたどった成長期に成立した期間限定の理想でした。しかし渦中にあるときは誰もそう捉えず、いつか終わりが来るとは想像だにしませんでした。時代は変わり、今、上がりだったはずのマスの先にコマはどんどん進んでいっています。上りは上りではなかったのです。夢見た生活を手に入れた先にも人生は続き、家はそこにあり続け、やがて数百、数千万戸の空き家になります。
参考文献:NHKスペシャル取材班『老いる日本の住まい 急増する空き家と老朽マンションの脅威』(発売日:2024年1月25日)
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