2023年10月7日早朝、パレスチナ暫定自治区のうちガザ地区を実効支配するイスラム武装勢力ハマスが、ユダヤ教の「仮庵の祭り」の直後の安息日を狙って、イスラエルの無差別攻撃を始めました。ハマス側の発表で約5,000発、イスラエル側の発表で約2,200発のロケット弾でテルアビブを始めとするイスラエルの核都市を攻撃。同時にハマスの戦闘員が、イスラエルとガザ地区を隔てるコンクリート壁、鉄条網、検問所を突破して、イスラエル南部に越境し、外国人を含む約1,200人を殺害し、200人以上を人質として連れ去りました。これに対してイスラエル軍は、ガザ地区に激しい空爆を行い、地上でも大規模な軍事作戦を展開しています。ガザ地区での犠牲者は増える一方で、停戦や和平への見通しは全く立っていません。
なぜイスラエルは強硬なのか
イスラエル人は「これはイスラエルに対する攻撃ではない。ユダヤ人全滅を測る攻撃だ」とうけとめているようです。「ユダヤ人の存続をかけた戦い」と見做しているからこそ、攻撃が過剰になりがちになる。「我々は全世界に同情されながら死に絶えるよりも、全世界を敵に回してでも戦い生き残る」がホロコーストを経験したイスラエル国民の総意です。
イスラエルは、国家としての「自衛権」というより、ユダヤ人とイスラエル国家の「生存権」の行使としてハマス掃討作戦を展開しています。そう対応せざるを得ないのは、ハマスの方が、領土や利権をめぐる争いではなく、「ユダヤ人であるが故に地上から消滅させる」という「属性排除」の論理で動いているからです。ナチスと同じ論理で、イスラエルの乳児が意図的に殺害されているのがその証です。ガザの病院での戦闘で乳児が巻き込まれたという話とは明らかに異なります。
ハマスとパレスチナの区別
「ハマス」と「一般のパレスチナ人」を区別する必要があります。ハマスがイスラエルと攻撃する度に必ず報復攻撃を受けることから、ガザ地区のパレスチナ住民の不満が高まり、7月には数千人規模の「反ハマスデモ」が起きています。
ハマスの幹部の多くはガザではなく、安全なカタールでかなり裕福な「セレブ生活」を送っているようです。自分の子供たちを学費の高いインターナショナルスクールに通わせたりしています。今のハマス幹部はかなり腐敗していて、それがガザ住民の不満につながっています。
イスラエルの建前としては、「ガザのパレスチナ一般住民」は保護の対象です。だから、一軒一軒しらみつぶしに「ハマス」と「その協力者」を掃討しながら「一般住民」を保護していくしかない。しかし実際は、「ハマス」と「パレスチナ一般住民」の区別は、かなり困難です。
焦っていたハマス
そもそもハマスのテロはなぜ起きたのか。ネタニヤフ政権がパレスチナを追い込みすぎたのが一因です。
ガザの住民は、ハマスにさえ抗議デモをするほど追い詰められていた。さらにサウジアラビアとイスラエルの国交正常化交渉も始まっていた。こうした動きを受けて、ハマスはかなり焦っていたのです。
2020年8月にトランプ大統領の仲介によって、アラブ首長国連邦とイスラエルが国交正常化についての和平協定「アブラハム合意」を結んだことで、中東の常識はガラッと変わりました。その後バーレーン、スーダン、モロッコというイスラム教の国もイスラエルと国交を結び、更にサウジまで追従する動きを見せるに至りました。
ハマスは「このままでは見捨てられる。じり貧になって自壊するしかない」というくらいの恐怖感を持ったのではないか。この焦りがハマスをテロ攻撃に走らせました。
最悪のシナリオ
現在、レバノンにいるイスラム武装組織ヒズボラがイスラエルにミサイルを撃ち込んでいて、緊張が高まっています。イスラエル軍をレバノン国境付近に惹きつけて戦力を分散させ、「ガザ地区のパレスチナ人を支援する」のがヒズボラの狙いです。しかし、イスラエルがレバノン南部を空爆してヒズボラの司令官を殺害したのは、明らかな挑発です。
激怒しているヒズボラを、全面戦争を避けたいイランがおそらく背後で止めているはずですが、止められなくなったら大変です。今後最も懸念すべきは、ヒズボラとイスラエル軍との戦闘が本格化して、紛争がレバノンに飛び火することです。核使用の恐れがあるからです。
ヒズボラの戦闘員は現在、最大45,000人。ハマスよりはるかに強大で、レバノン政府軍をも上回る軍事力。国会議員も出し、レバノン統治の責任を実質的におっています。
イスラエルが二正面作戦を余儀なくされる場合、レバノン南部で核を使う可能性が高まります。レバノン南部にはイスラエル駐留軍も、それをサポートしていた民兵組織の南レバノン軍もいない。だからイスラエルは、ユダヤ人並びにイスラエル支持勢力の犠牲を気にせず、核が使えるのです。
今は各地の武装組織にストップをかけているイランがゴーを出した場合、本当に第5次中東戦争が起こりかねません。しかも、今までとは異なり、イランもイスラエルも事実上、核を保有しています。核の応酬になりかねないところまで、現在の中東情勢は緊張してしまったと言えます。
イスラエルもグローバルサウスに
戦争が長引く中、総動員体制をとっているイスラエルの経済は、限界に近づいています。国内のユダヤ人700万人のうち、およそ50万人が動員されており、その多くは20代、30代の働き盛りで、IT等の主要産業に従事している人達です。戦争の長期化より、経済の方が大きな課題になりつつあるのです。
アメリカと一体になっているイスラエルは、「グローバルノースの中等における出先」という位置づけでしょう。しかしそれが本当にイスラエルの今の国益に合致するのかと考えると、今後は疑わしくなります。すると、イスラエルが生き残りのために、エジプト、サウジ、トルコなどの地域大国が仕切るグローバルサウスの枠組みへ引き寄せられていく可能性があります。
その時イスラエルの保証人になるのはロシアという可能性があります。イスラエルは、ロシアに制裁をかけていません。アメリカとヨーロッパの影響力が弱くなった中東へ、ロシアが進出してくることもあり得ます。
参考文献:池上 彰 (著), 佐藤 優 (著)『グローバルサウスの逆襲』(発売日:2024年4月19日)
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