2000年代以降、「日本人の若者=内向き」という言説が社会に蔓延してきました。その根拠は、日本から海外への正規留学生数の減少です。確かに、海外の大学に1年以上留学する日本人の数は、2004年の82,945人をピークに2015年まで減り続け、2019年では約62,000人でした。
この背景には様々な要因があります。一つは経済的ハードルです。日本の平均世帯年収は低下した一方、海外の大学の授業料や生活費は大きく高騰し、一般家庭には手が届かなくなりました。第二は語学要件を満たせる学生が減っていることです。TOEFLが2006年から大きく変更され、会話能力が問われるようになった結果、日本人がTOEFLで高得点を取ることがより難しくなりました。
一方で、文部科学省や内閣府の調査を見ると、留学を希望する若者たちの割合は3割を超えています。
ワーキングホリデー
学生時代に経済的あるいは語学的な理由で海外に行けなくても、海外への関心を持ち続ける若者たちは少なくありません。産業能率大学の調査でも「海外で働きたい」と回答した新入社員は4割に上ります。こうした層に人気を博しているのが、ワーキングホリデー制度です。この制度は事前に語学力のテストがなく、就労ビザなしで働け、学生ビザがなくても、語学学校に通うことが出来るものです。
豪州は、誰でも簡単にビザが取れて入国できることもあって、日本人の若者に最も人気が高い。コロナ前は毎年約1万人がワーキングホリデー・ビザを取得していました。コロナ禍では入国規制により激減しましたが、2022年7月から2023年6月末の間にワーキングホリデー・ビザを取得した数は約14,400人に上ります。ビザの取りやすさ以外にも、日本との時差が1~2時間しかないこと、気候が温暖であること、自然が多いこと、最低賃金が高いこと等も豪州を選んだ理由としてあげられています。
日本ワーキング・ホリデー協会が2019年に豪州のワーキングホリデー渡航者及び経験者に対して行った調査によると、約7割が正社員経験がある人たちです。こうした若者たちが安定した職を捨てて海外に渡航することを決めたのはなぜでしょうか。
藤岡伸明氏は、ワーキングホリデー・ビザで働く若者たちを、日本にいた時の職種や企業規模、雇用形態などに基づいて「キャリアトレーニング型」「キャリアブレーク型」「キャリアリセット型」「プレキャリア型」という4つの類型に分類しています。
「キャリアトレーニング型」は、滞在中に自分の専門分野における就業経験を積むなど、キャリア・アップを目的に渡航した人々です。特に「語学力をつけてキャリア・アップを目指したい」というケースは多い。
「キャリアブレーク型」は、滞在期間中に、自分の専門分野とは関係ない職種につく人々をさします。実際、長時間労働と職場のストレスなどで燃え尽きてしまい、「一旦仕事を辞めて休みたい」と渡航してくる人々は多い。海外で語学を学び、仕事もしつつ、心と身体を癒し、リフレッシュしたいと考える人々です。
「キャリアリセット型」は、海外に出ることで、これまでの自分のキャリアを見つめなおすことで、新しい方向性を見つけたいと考える人々です。こうした若者たちは「雇用と収入は比較的安定しているが、長期的に見た場合の安定性や発展性」に疑問を持ち、「強い不満がない代わりに、仕事で大きな達成感や満足感を得ることもない」、また、「漠然とした焦りや物足りなさ」を感じています。
「プレキャリア型」は、まだ社会人経験を持たない休学中の大学生を指します。交換留学に必要な語学力や留学資金が足りない場合、就労ができるワーキングホリデー・ビザで海外生活を送ることで、語学力を上げ、就職活動を有利に進めたいと考える人々です。
ワーキングホリデー・ビザで働くことの意義と課題
ワーキングホリデーは、多くの若者たちにとって、コストを抑えながら、海外で働き、語学を学び、経験を積むことが出来る貴重な機会となっています。語学力をつけたことで、帰国してからのキャリア・アップにつなげた人々もいます。
ただ、滞在中の仕事は、業種・職種の面で非常に限られたものになります。語学のハードルが最も大きいのですが、ビザ上の制約もあります。豪州では一人の雇用主のもとで働ける機関が6か月までと決められているからです。ほとんどの雇用主は、出来るだけ長い期間働いてくれる人を雇おうとするため、現地の豪州人が優先されます。そのため、ワーキングホリデーの若者が雇われる職種は、現地の豪州人が希望しない者であることが多いのです。
豪州において日本人の若者の圧倒的多数(76%)が就業するのが飲食業であり、その職場のほとんどが日本食レストランです。しかし、豪州の飲食産業における労働は最低賃金が支払われていないケースが常態化していることで知られており、日本食レストランもその例外ではありません。
忍耐する若者たち
近年、豪州では様々な調査により、ワーキングホリデー・ビザで働く若者たち、とくに日本人を含むアジア出身の若者たちの多くが最低賃金以下で働いている実態が明らかになってきました。2019年日本ワーキング・ホリデー協会の調査でも66%が最低賃金以下、7%が無給で働いていたことが判明しました。
最低賃金以下で働いていた若者の75%は、「何も行動を起こさなかった」と回答しています。18%は友人に相談したものの、実際に雇用主と交渉した若者は9%、救済機関に相談したのは3%、大使館・総領事館に相談したのはわずか1%でした。
行動を起こさなかった理由は、「期間が決まっているので耐えられると思った」(43%)、「海外経験が積めるメリットがあるので仕方ないと思った」(28%)、と現状を受け入れた若者が多かった一方で、「どこに相談すれば良いのか分からなかった」(24%)、「英語で問題解決は困難だと思った」(21%)と、何か行動を起こしたくても起こせなかった若者たちも多かった。「仕事を失うことを怖れた」という若者も24%に上った。
より良いワーキングホリデー経験のために
経済のグローバル化が進展し、英語力、異文化コミュニケーション能力などの「グローバル人材」としての特質が重用される時代にあって、低コストで1~3年間の海外経験を可能とするワーキングホリデー制度は人気を博し、多くの若者たちに貴重な経験を提供してきました。
しかし一方で、豪州を始めとする国々でワーキングホリデー制度が「海外からの安価な非正規労働者の確保」という側面を拡大しつつあり、若者たちが「使い捨ての低賃金労働力」として利用されている現実もあります。
多くの日本人の若者が海外に渡航するようになった今、海外においてどのようなリスクがあるのかを理解しておくことは重要です。また現地における日本人ネットワークや頼りになる現地の人、組織との関係を構築することは有益でしょう。
日本のように安全で治安の良い国は、海外には少ない。犯罪に合わないための警戒はもちろんのこと、最近増えている外国人の若者とターゲットとした詐欺にも気を付ける必要があります。
参考文献:大石 奈々 (著)『流出する日本人―海外移住の光と影』(発売日:2024年3月18日)
Amazon
にほんブログ村
投資信託ランキング